日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-ZZ その他

[M-ZZ41] 環境汚染が進行する現代における環境、生物、人の調和を考える

2023年5月24日(水) 13:45 〜 15:00 301B (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:中山 翔太(北海道大学大学院獣医学研究院)、銅谷 理緒(北海道大学大学院獣医学研究院)、石塚 真由美(北海道大学)、座長:中山 翔太(北海道大学大学院獣医学研究院)、銅谷 理緒(北海道大学大学院獣医学研究院)

14:30 〜 14:45

[MZZ41-04] 日本からの輸出製品に含まれる化学物質が製品輸入国に及ぼすヒト健康リスクの評価

*小林 諒真1伊藤 理彩1、東海 明宏1 (1.大阪大学大学院工学研究科)


キーワード:化学物質汚染、リスク評価、輸出製品

日本から国外へと化学物質が越境移動する経路の1つとして輸出製品中に含まれての移動が考えられるが、それらに含まれる化学物質は、日本の化学物質管理の柱であるPRTR制度でも対象外となっている。特に中古製品は生産から輸出まで時間差があるため、化審法で使用規制がなされている化学物質も含まれている可能性があり、輸出製品を介した国家間のリスクの移転が懸念される。先行研究では、有害性の高い化学物質について日本国内でのストックフロー解析や曝露解析が行われており、安全性の高い物質への代替を評価した研究も行われている。しかし、いずれの研究も対象が日本国内であり、輸出製品を介した国外での排出量を含めた定量的な研究はなされていない。そこで本研究の目的は、日本からの輸出製品に含まれる化学物質が製品輸入国に及ぼすヒト健康リスクの定量的評価と、物質代替をはじめとしたリスク削減対策の効果の検証とした。
対象製品には、2019年の日本の輸出台数が世界第2位である自動車を選択した。対象化学物質は、樹脂製品や繊維製品に難燃剤として含まれるデカブロモジフェニルエーテル(以下DecaBDEと表記)と三酸化アンチモン(以下Sb2O3と表記)を選択した。DecaBDEはヒト健康への有害性が懸念され、2012年から自動車部品での使用が規制されている。DecaBDEとSb2O3の代替物質として、本研究ではリン酸トリフェニル(以下TPPと表記)を選択した。
まず、日本の自動車輸出相手国のグループ分けを行うため、日本が自動車を輸出している全197ヵ国を対象として、IBM SPSS statistics (IBM Co., Ltd.) を用いて、階層クラスター分析を行った。この分析方法の利点として、要素の特徴を表す複数のデータを同時に考慮できることが挙げられ、本研究では、日本からの自動車の輸出台数、輸出台数に占める中古車の割合、人口密度、1人当たりのGNIの4つのデータを用いた。この結果から、製品輸入国とする対象地を選定した。
次に、輸出製品と物質代替に注目した化学物質のリスク評価方法を構築した。はじめに、製品輸出国での化学物質の使用規制を考慮して、代替シナリオと未代替シナリオを作成した。代替シナリオでは2012年から2020年にかけて段階的にTPPへの代替が行われ、未代替シナリオではDecaBDEとSb2O3が使用され続けるとした。次に、貿易統計より日本から製品輸入国への輸出量を推計し、累積ワイブル分布関数を用いて製品輸入国でのストック量と廃棄量を推算した。そして、使用段階と廃棄段階における排出係数を用いて環境排出量を推算し、USE toxモデル (UNEP/SETAC) を用いてヒトへの曝露量を推算した。最後に、疾病負荷を総合的に示す指標である障害調整生存年(DALY)を用いて曝露人口全体のヒト健康リスクを推算した。また、製品輸入国でのリスク削減対策として、製品輸入国での平均使用年数が5年短いケース、製品輸入国での廃棄物管理が向上するケース、規制物質を含む中古車の輸入を制限するケースを取り上げ、物質代替との相乗効果を検証した。
結果として、日本の輸出相手国は12のグループに分類され、そのうち異なる2つのグループに所属するパキスタンとウガンダを製品輸入国として選定した。リスク評価に関して、2045年におけるDALYはパキスタンとウガンダのそれぞれにおいて、物質代替シナリオは未代替シナリオの 1.5×10-4 倍、 6.2×10-6 倍となり、物質代替の効果が示された。また、パキスタンの2035年において、物質代替に加え平均使用年数が短いケース、廃棄物管理が向上するケースのDALYは物質代替のみのケースに対してそれぞれ 3.2×10-1 倍、7.4×10-1 倍となり、ウガンダの2035年において、物質代替に加え中古車の輸入を制限するケースのDALYは物質代替のみのケースに対して 2.0×10-4 倍となった。つまり、規制物質を含む中古車の輸入を制限する場合に物質代替との相乗効果が最も大きくなることが示された。さらに、曝露人口が対象国の人口と等しいとすれば、未代替シナリオにおける2022年の1人あたりのDALYはパキスタンとウガンダのそれぞれについて 2.5×10-11 [year]、4.3×10-11 [year] となり、WHOが定める許容基準である1人1年あたり 1.0×10-6 [year] を下回った。
本研究の結果から、製品輸出国では有害性の高い化学物質に対して物質代替を進めるとともに、中古製品を輸出する場合には物質代替が行われている製品の輸入を促進することが望ましい。また、自動車に含まれる難燃剤に限定すればリスクの移転量は懸念されるレベルではないが、自動車1台や難燃剤全般で見れば、リスクの移転量はさらに増加すると考えられる。