日本地球惑星科学連合2023年大会

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[J] 口頭発表

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[M-ZZ42] 地質と文化

2023年5月24日(水) 13:45 〜 15:00 201B (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:先山 徹(NPO法人地球年代学ネットワーク 地球史研究所)、鈴木 寿志(大谷大学)、川村 教一(兵庫県立大学大学院 地域資源マネジメント研究科)、座長:鈴木 寿志(大谷大学)、川村 教一(兵庫県立大学大学院 地域資源マネジメント研究科)、先山 徹(NPO法人地球年代学ネットワーク 地球史研究所)

13:45 〜 14:00

[MZZ42-01] 近畿~中国地方における伝承を伴う藁蛇行事と地質災害

*先山 徹1 (1.NPO法人地球年代学ネットワーク 地球史研究所)

キーワード:神事、藁蛇、土石流、地すべり

近畿~中国地方には藁で編んだ大蛇を使用した神事が多く存在する.そのなかには大蛇にかかわる伝承を伴うものがいくつか存在し,その行事が誕生した背景についてヒントを与えてくれるものがある。ここではそのいくつかを紹介し,その背景に地質災害が存在する可能性を述べる.
 岡山県新見市哲西町では,藁で長さ10m近い大蛇を編み神社に奉納する神事「蛇形祭り」(図)が毎年開催される.この行事は鎌倉時代に始まったとされ,田畑を荒らす大蛇が存在し退治された後に疫病が蔓延したという伝説を伴う.大蛇が奉納される神社の前は,延長約5.7㎞,標高差約450mの直線的に伸びた谷で,土石流の特別警戒区域となっている.これらのことから大蛇の伝説と土石流災害との関連性を想起させる。また,この谷の上部は磁鉄鉱系の花崗岩からなり,たたら製鉄や鉄穴流しが行われた可能性もある.
 このほか藁蛇を持って練り歩き神社や寺に奉納する行事で伝承が伴うものとして,京都府舞鶴市「えんとん引き」,京都市山科区「小山の山の神」,滋賀県野洲町「冨波の勧請縄」,奈良県田原本町「今里の蛇巻き」「鍵の蛇巻き」,奈良県御所市「蛇穴の汁かけ祭り」,奈良県橿原市「シャカシャカ祭り」「五井のノガミ」,奈良市「蛇祭り」,兵庫県丹波市「蛇ない」,兵庫県南あわじ市「蛇供養」がある.このうち「鍵の蛇巻き」と「蛇ない」以外の9例は,蛇が田畑を荒らしたり人に危害を加えるものであった。またそれらをハザードマップに重ねると洪水浸水想定区域付近のものが7カ所,土石流危険区域付近で開催されるものが4カ所であった.
 鳥取県、兵庫県北部、若狭湾周辺には藁蛇を使用した綱引き行事が特徴的に分布している.それらのうち兵庫県香美町の「和田の菖蒲綱引き」と兵庫県豊岡市の「八朔のえんたびき」に大蛇に関する伝説が伴われる。
 和田の菖蒲綱引きは毎年6月5日に開催される行事で香美町の無形文化遺産に指定されている。この綱引きには池に人を襲う大蛇が住み,それを退治した後,村に災難が続いたという伝承がある.この地域は矢田川とその支流である湯舟川が合流する地点で,それぞれの河川上流は新第三紀中新世の堆積岩類とそれを覆う第四紀火山砕屑岩類及び堆積岩からなり、そこには多数の地すべり地形が密集している.またハザードマップでは地すべり危険区域のほか土石流危険区域も多くみられる。
 豊岡市で開催される「八朔のえんたびき」はしばらく開催されていなかったが,2017年9月に20年ぶりに開催された.ここでは神々が泥の海だった豊岡盆地の水を海に流して現在の大地を作る際,最後に川の流れを妨げている大蛇を引きちぎったという神話(兵庫県立歴史博物館,2009)がある.それに基づき,藁で作った大蛇の形をした綱を引きあい,ちぎれなかった年は水害が起こるとされている.豊岡盆地周辺の山地は新第三紀の火砕岩類と古第三紀花崗岩を主とする.それらは浸食されやすく広い谷底平野をつくるが,下流側の盆地出口には硬い玄武岩が分布するために谷が狭くなり、いわゆるボトルネックな地形を形成する.そのため盆地内には厚い土砂が堆積して湿地が形成され,そこには水害との戦いや長年にわたる開墾の歴史があった.泥の海を開墾する神話はこの地域の成立ちの歴史と呼応するものである.
 以上の藁蛇行事の伝承と地質との関係をまとめると,多くの場合土石流・洪水・地すべりなどの地質災害と密接に存在する.幾度となく地質災害に立ち向かいあるいは共存してきた人々の意識が伝承を創り出し,藁蛇行事はその意識が具現化されたものであると考えられる.各地に見られる伝説を伴わない荒神祭りや道切りとしての行事も同様にして成り立ったかもしれない.