日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-ZZ その他

[M-ZZ42] 地質と文化

2023年5月24日(水) 13:45 〜 15:00 201B (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:先山 徹(NPO法人地球年代学ネットワーク 地球史研究所)、鈴木 寿志(大谷大学)、川村 教一(兵庫県立大学大学院 地域資源マネジメント研究科)、座長:鈴木 寿志(大谷大学)、川村 教一(兵庫県立大学大学院 地域資源マネジメント研究科)、先山 徹(NPO法人地球年代学ネットワーク 地球史研究所)

14:30 〜 14:45

[MZZ42-04] アイヌ民族の伝承を活用した災害教育の実践:北海道白老における津波に関する口承を例に

*シン ウォンジ1、奥山 英登1、八幡 巴絵1 (1.国立アイヌ民族博物館)

キーワード:先住民族の知識、アイヌ、津波、災害伝承、防災、博物館

1.はじめに
防災において,施設の整備などのハード対策と訓練や教育などのソフト対策の組み合わせが求められている.近年ではソフト対策として,過去の自然災害の景観や教訓に関する伝承に注目し,災害教育に活用した実践や研究が蓄積されつつある.海外においても,主に気候問題に対する防災対策として災害伝承を取り組んだ研究が各地で行われており,これらの研究で「Indigenous knowledge」という概念が挙げられている.この概念は「在来知」(山越 2006),「土着的知識」(小川 2007)などとも捉えられているが,これらの表現は,先住民族に限らず,「ある地域,集団が昔から育んできた知識」と解釈される可能性があり(笹木ほか 2021),例えば,津波てんでんこのような日本各地の津波伝承や災害伝承碑なども含まれるのであろう.本発表では,先住民族であるアイヌ民族の災害伝承を対象にするため,この概念を「先住民族の知識」として捉えることにする.
アヌココㇿ アイヌ イコロマケンル 国立アイヌ民族博物館(以下「当館」)は,先住民族であるアイヌの歴史・文化などに関する正しい知識と理解を促進することを目的に,様々な教育普及活動を展開している.当館では,人類の歴史の中で甚大な被害をもたらした津波に対して,アイヌ民族の伝承を結びつけることで,地質,文化,防災の学際的領域を扱う学習プログラムを企画し,実施している.本発表では,学習プログラムの概要を紹介し,参加者からの評価に基づいて先住民族の伝承を活用した災害教育の効果について考察する.

2.学習プログラムの概要
●タイトル:伝承から自然災害を記憶する ― 津波
●所要時間:40分
●形式:科学・防災について語る者と伝承について語る者の2人によるトーク形式
●ねらい:①津波に関するアイヌ民族の伝承について話を聞くことで,②くらしの場に津波災害が起こりうることに気づき,③災害に備える心構えをもつ
●内容:当館の所在地である北海道白老町周辺の津波災害を中心とした3部構成とした.第1部「むかしの津波を調べる方法」では,古文書の記録と津波堆積物の研究の紹介を通して,17世紀に白老周辺を含む太平洋沿岸を襲った巨大津波について学んでもらった.第2部「津波についての伝承」では,白老における津波に関する口承や津波時の避難場所の紹介を通して,津波に対するアイヌ民族の考え方に触れてもらった.第3部は現在の津波災害に関する内容で,白老町の津波避難マップと白老地域のアイヌ民族の伝承の中の避難場所を合わせて見る活動を行った.本学習プログラムは,一般来館者向けのホリデーイベントとして2回(①2021年3月6日31名,②2022年3月5日15名),団体向け研修として2回(①2021年4月28日29名,②2022年9月27日14名)の計4回実施し,計89名が参加した.各回の実施後,参加者に対してアンケートを実施した。

3.実施結果・考察
アンケートでは計61件の回答が得られた.満足度に関する項目では,「とてもよかった」と「よかった」を合わせて,満足の回答が96.6%を占めた(Fig. 1).満足度の理由に関する自由記述の項目では,「地元で大きな津波は経験したことはないが,過去には大きな津波があったことを確認でき,改めて日頃の備えが必要と感じた.」などの回答があった.また,最も印象に残ったことに関する自由記述の項目では,「世代を越えた伝承.子供の頃に教わったことは覚えており,自分の子供にも伝える子供への教育が大事だなと感じました.」,「伝承による避難場所がハザードマップ上でも安全な地点であったこと」などの回答があった.
当初設定したねらいを①情報の習得,②自分化,③対応の3段階に分けて,満足度の理由に関する自由記述の回答を分類し,ねらいの達成評価を行った(Fig. 2).また,最も印象に残ったことに関する自由記述の回答を,第1部地質,第2部文化,第3部防災の内容構成に分類した(Fig. 3). ねらいの達成については,約4割の参加者から災害の自分化あるいは対応が認められるため,ある程度達成されたと考えられる.しかし,より多くの参加者を災害に備える対応までつなげるためには工夫が必要である.例えば,日本の学校教育における理科は,「西洋科学」のみならず日本特有の「土着科学」を両立させるモデルであるとされ(小川 2009),さらにこれにアイヌ文化の「Indigenous knowledge」を加えることが提起されている(奥山 2022).アイヌ文化に関する内容に30.4%と注目度が高いことから,災害教育に先住民族の知識を取り組むことは効果があると考えられる.しかし,具体的に議論するには有効な回答数が得られていないため,今後実施回数を重ねて行きたい.

付記:本学習プログラムの実施にあたり,白老町の協力をいただいた.本稿は,シンほか(2022)の内容の一部を基礎として,今回発表にあたり論点の再整理を行ったものである.また,本発表は,国立アイヌ民族博物館調査研究プロジェクト2022C09の研究成果の一部である.
引用文献:小川(2007)科学教育研究, 31(1): 42-43.小川(2009)BERD,15: 32-36.奥山(2022)日本科学教育学会年会論文集, 46: 342-343.笹木ほか(2021)日本サイエンスコミュニケーション協会誌, 11(2): 10-13.シンほか(2022)国立アイヌ民族博物館研究紀要, 1: 66-79.山越(2006)環境社会学研究, 12: 120-135.