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[MZZ42-P02] 高知県幡多郡三原村産「土佐硯」の磨墨構造(鋒鋩)について
キーワード:土佐硯、鋒鋩、三原村
硯は,墨・筆・紙とともに文房四宝と呼ばれ,日本を含めた東アジア諸国における文字文化の基礎をなす文房具の一つとして発展してきた.日本で作られる硯は,天然の堆積岩(粘板岩または凝灰岩)を用いて作られる伝統工芸品の一つであり,かつては各地に硯産地が存在した1.しかし,20年ほど前から安価なセラミック硯やプラスチック硯が大量生産され, 学校教育では墨汁を使用することが多くなった.その結果, 天然石材の硯は需要が激減すると共に,硯は墨汁の容器と化し,硯本来の役割である墨を磨ることの意義が失われつつある.墨を磨るための硯表面の凹凸は鋒鋩(ほうぼう)と呼ばれる.その大きさや形,配列によって磨れる墨液の質が変化し,文字の光沢やにじみに影響するとされる.そのため,鋒鋩は硯の質を決定づける構造ともいえるが,その特徴は,従来,「発墨良好」「鋒鋩が強い」「石質が細潤」2など,書道家や硯職人によって感覚的に表現され,定量的な意味は分かっていなかった.本研究では高知県幡多郡三原村で生産される「土佐硯」を例に,硯の鋒鋩における感覚的な特徴や違いを可視化・データ化することを目的とした.試料は,「土佐硯」の源岩の採掘される源谷坑や過去に硯材が採掘されていた土佐清水市下ノ加江川流域などから採取された粘板岩を用い,研究用に作成した硯を分析した.土佐硯の粘板岩は緻密な組織を持ち,それによって土佐硯は鋒鋩が密で強い硯になるとされる3.ただし,採掘坑ごとに製作された硯に関する書道家や硯職人の感覚的な表現は異なり,均質/不均質,墨の当たりがなめらか・柔らかい/硬いなど様々に表現されている.
まず,硯石の源岩の鉱物組成をXRD分析した結果,全試料で石英・斜長石・白雲母・クロライトのピークが得られた.また,硯表面の微細構造を観察したところ,非常になだらかな凹凸構造と,その中に微細な突起状の構造が認められ,微細な突起が鋒鋩の凹凸を構成すると考えられる.更に,共焦点レーザー顕微鏡によって鋒鋩の幅と高さを計測したところ,いずれの硯材でも平均の幅 約5 μm,高さ約9–10 μmであった.他方,エネルギー分散形X線解析装置(EDS)により鋒鋩を構成する鉱物の元素分析を行った結果,源谷坑の試料を含む大部分の粘板岩試料の硯では石英と粘土鉱物が鋒鋩を構成すると判断されたが,硬質な粘板岩の硯は石英のみが鋒鋩を構成しているなど違いが認められた.源谷坑等の硯では,モース硬度の高い硬質な石英だけでなく,モース硬度の低い軟質な粘土鉱物で表面が覆われることで,なめらかな・柔らかな感覚になったと考えられる.一方,硬質な粘板岩の硯は石英のみが表面に露出することで,墨のあたりも硬いと表現されたと考えられる.以上の結果から,天然石材の硯表面はスケールの異なる凹凸構造を持ち,その中でミクロスケールの凹凸が鋒鋩を形成することが共通した特徴として認められた.また,感覚的に表現されてきた硯の特徴の一部が硯石あるいは硯表面を構成する鉱物の特徴によって説明できることが分かった.
【引用文献】1白野,1886,地質要報;2窪田,1977,硯の知識と鑑賞; 3植村,1980,和硯と和墨
まず,硯石の源岩の鉱物組成をXRD分析した結果,全試料で石英・斜長石・白雲母・クロライトのピークが得られた.また,硯表面の微細構造を観察したところ,非常になだらかな凹凸構造と,その中に微細な突起状の構造が認められ,微細な突起が鋒鋩の凹凸を構成すると考えられる.更に,共焦点レーザー顕微鏡によって鋒鋩の幅と高さを計測したところ,いずれの硯材でも平均の幅 約5 μm,高さ約9–10 μmであった.他方,エネルギー分散形X線解析装置(EDS)により鋒鋩を構成する鉱物の元素分析を行った結果,源谷坑の試料を含む大部分の粘板岩試料の硯では石英と粘土鉱物が鋒鋩を構成すると判断されたが,硬質な粘板岩の硯は石英のみが鋒鋩を構成しているなど違いが認められた.源谷坑等の硯では,モース硬度の高い硬質な石英だけでなく,モース硬度の低い軟質な粘土鉱物で表面が覆われることで,なめらかな・柔らかな感覚になったと考えられる.一方,硬質な粘板岩の硯は石英のみが表面に露出することで,墨のあたりも硬いと表現されたと考えられる.以上の結果から,天然石材の硯表面はスケールの異なる凹凸構造を持ち,その中でミクロスケールの凹凸が鋒鋩を形成することが共通した特徴として認められた.また,感覚的に表現されてきた硯の特徴の一部が硯石あるいは硯表面を構成する鉱物の特徴によって説明できることが分かった.
【引用文献】1白野,1886,地質要報;2窪田,1977,硯の知識と鑑賞; 3植村,1980,和硯と和墨