11:30 〜 12:15
[O01-02] 海底アーキアから見えてきた”不完全な”私たち真核生物の成り立ち
★招待講演
キーワード:真核生物の起源、アーキア、共生、海底堆積物、アミノ酸
真核生物の誕生は、その後の菌類、植物や動物の誕生、生物の多様化さらにはヒトの誕生につながるものであり、地球生命史上、生命誕生に次ぐ大きなイベントである。これまで真核生物誕生については様々な仮説が提案されてきたが、最初の真核生物は原核生物であるアーキア (古細菌) が同じく原核生物であるバクテリア (細菌) を細胞内に取り込み、共生関係を築くことで誕生したとされる「細胞内共生説」が広く支持されている。取り込まれたバクテリアは現在のミトコンドリアである。一方で宿主となったアーキアは海底に棲んでいたと推定されてはいたものの、その実態は長い間謎に包まれていたため、アーキアから進化生物への進化や細胞構造の複雑化の道筋は不明であった。そのような中、私たちは長年に渡り海底に生息するアーキアの性状を明らかにするために培養に取り組んできた。そして、12年の歳月をかけて世界で初めて、真核生物の誕生に関連するとされているアスガルド類アーキアに属するMK-D1株を分離することに成功した。本講演では、このMK-D1株を中心に、分離・培養、細胞・遺伝学的特徴、アミノ酸代謝に関わる興味深い結果、そして真核生物誕生の新仮説について紹介する。
バイオリアクターと従来型の培養技術や分子生物学的な手法を組み合わせた戦略的な培養手法と12年に渡る試行錯誤を経て、深海の泥からMK-D1株を分離することに成功した。MK-D1株は直径が僅か550 nmの極小の球菌で、その細胞内部は他のアーキアと同様に単純であり、真核生物のような小器官は存在しなかった。一方で、細胞外は複雑で、増殖後期になると触手のような長い突起を形成し、多数の小胞を放出していることが特徴的であった。また無酸素条件下でのみ生育できる絶対嫌気性で、増殖が極度に遅く、アミノ酸やペプチドを他の微生物と共生しながら分解し増殖するという特徴を持っていた。他の微生物と共生を必要とする理由は、アミノ酸分解により生産される水素あるいは蟻酸は他の微生物により消費されないと嫌気的なアミノ酸分解は進行しないためである。このような水素あるいは蟻酸を介した嫌気環境下における微生物同士の共生関係は種間電子伝達として昔からよく知られている現象である。一方で、MK-D1株の培養実験やアミノ酸代謝に関わるゲノム解析を通じて、MK-D1は水素や蟻酸以外にも共生するパートナー微生物と重要な物質のやりとりをしていることが判明した。それはアミノ酸である。教科書的には原核生物は自身の生体を作る上で必要となるアミノ酸は自分自身で合成できるとされている。しかしながら、驚くべきことにMK-D1株は生体合成に必要とされる20種のアミノ酸のうち11種類を自己合成できないことがゲノム解析から判明した。一方でパートナー微生物はほぼすべてのアミノ酸を自己合成できる。実際に、MK-D1株が自身で合成できないアミノ酸 (つまり必須アミノ酸) を欠いた条件で培養実験を行ってみたが、パートナー微生物から必須アミノ酸をもらわないとその増殖を説明できない結果を得ている。さらに、MK-D1株を含めたアスガルド類アーキアの比較ゲノム解析を行ったところ、アスガルド類アーキアは多くのアミノ酸を自己合成できないどころか、ビタミンやヌクレオチドもうまく合成できないことが見えてきた。さらには、アスガルド類アーキアの必須アミノ酸は私たち真核生物の必須アミノ酸のパターンと類似していることもわかった。これらの結果は、私たち真核生物が食事を介して必須アミノ酸やビタミンを摂取し、ミトコンドリにエネルギー生産を依存して生きる”不完全”な姿は、海底に棲んでいたアーキアに由来していることを示唆するものである。
以上のMK-D1株の特徴やゲノム解析の結果に基づき、真核生物誕生の新仮説「E3モデル」を立てた。私たちの祖先となったアーキアはアミノ酸に依存して生きていたが、貧栄養の海底を生き抜くため、エネルギーコストの高い必須アミノ酸については自己合成をやめ、周りの環境や微生物から得ることで生きていた。その様な中、約27億年頃に大酸化イベントが始まってしまい、嫌気性の祖先アーキアは猛毒である酸素を解毒するために、ミトコンドリアの祖先となる好気性のバクテリアと共生を始めた。酸素濃度の上昇に伴い、その共生関係はより密になり、祖先アーキアは細胞外に出している突起と小胞を用いてバクテリアを細胞内に取り込んだ。その後、生物としての一体化が進み、最終的にアーキアが細胞の”操縦士”に、バクテリアが”動力源”となる真核生物細胞が誕生した。
バイオリアクターと従来型の培養技術や分子生物学的な手法を組み合わせた戦略的な培養手法と12年に渡る試行錯誤を経て、深海の泥からMK-D1株を分離することに成功した。MK-D1株は直径が僅か550 nmの極小の球菌で、その細胞内部は他のアーキアと同様に単純であり、真核生物のような小器官は存在しなかった。一方で、細胞外は複雑で、増殖後期になると触手のような長い突起を形成し、多数の小胞を放出していることが特徴的であった。また無酸素条件下でのみ生育できる絶対嫌気性で、増殖が極度に遅く、アミノ酸やペプチドを他の微生物と共生しながら分解し増殖するという特徴を持っていた。他の微生物と共生を必要とする理由は、アミノ酸分解により生産される水素あるいは蟻酸は他の微生物により消費されないと嫌気的なアミノ酸分解は進行しないためである。このような水素あるいは蟻酸を介した嫌気環境下における微生物同士の共生関係は種間電子伝達として昔からよく知られている現象である。一方で、MK-D1株の培養実験やアミノ酸代謝に関わるゲノム解析を通じて、MK-D1は水素や蟻酸以外にも共生するパートナー微生物と重要な物質のやりとりをしていることが判明した。それはアミノ酸である。教科書的には原核生物は自身の生体を作る上で必要となるアミノ酸は自分自身で合成できるとされている。しかしながら、驚くべきことにMK-D1株は生体合成に必要とされる20種のアミノ酸のうち11種類を自己合成できないことがゲノム解析から判明した。一方でパートナー微生物はほぼすべてのアミノ酸を自己合成できる。実際に、MK-D1株が自身で合成できないアミノ酸 (つまり必須アミノ酸) を欠いた条件で培養実験を行ってみたが、パートナー微生物から必須アミノ酸をもらわないとその増殖を説明できない結果を得ている。さらに、MK-D1株を含めたアスガルド類アーキアの比較ゲノム解析を行ったところ、アスガルド類アーキアは多くのアミノ酸を自己合成できないどころか、ビタミンやヌクレオチドもうまく合成できないことが見えてきた。さらには、アスガルド類アーキアの必須アミノ酸は私たち真核生物の必須アミノ酸のパターンと類似していることもわかった。これらの結果は、私たち真核生物が食事を介して必須アミノ酸やビタミンを摂取し、ミトコンドリにエネルギー生産を依存して生きる”不完全”な姿は、海底に棲んでいたアーキアに由来していることを示唆するものである。
以上のMK-D1株の特徴やゲノム解析の結果に基づき、真核生物誕生の新仮説「E3モデル」を立てた。私たちの祖先となったアーキアはアミノ酸に依存して生きていたが、貧栄養の海底を生き抜くため、エネルギーコストの高い必須アミノ酸については自己合成をやめ、周りの環境や微生物から得ることで生きていた。その様な中、約27億年頃に大酸化イベントが始まってしまい、嫌気性の祖先アーキアは猛毒である酸素を解毒するために、ミトコンドリアの祖先となる好気性のバクテリアと共生を始めた。酸素濃度の上昇に伴い、その共生関係はより密になり、祖先アーキアは細胞外に出している突起と小胞を用いてバクテリアを細胞内に取り込んだ。その後、生物としての一体化が進み、最終的にアーキアが細胞の”操縦士”に、バクテリアが”動力源”となる真核生物細胞が誕生した。