日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 P (宇宙惑星科学) » P-CG 宇宙惑星科学複合領域・一般

[P-CG19] 惑星大気圏・電磁圏

2023年5月26日(金) 09:00 〜 10:15 展示場特設会場 (2) (幕張メッセ国際展示場)

コンビーナ:前澤 裕之(大阪公立大学大学院理学研究科物理学専攻 宇宙・高エネルギー物理学講座)、寺田 直樹(東北大学大学院理学研究科)、関 華奈子(東京大学大学院理学系研究科)、今村 剛(東京大学大学院 新領域創成科学研究科)、座長:中村 勇貴(東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻)、前澤 裕之(大阪公立大学大学院理学研究科物理学専攻 宇宙・高エネルギー物理学講座)、寺田 直樹(東北大学大学院理学研究科)

09:15 〜 09:30

[PCG19-02] OMEGA/Mars Expresで観測されたCO2 2 μm吸収帯による火星表面圧力分布の解析

*風間 暁1Kasaba Yasumasa1Aoki Shohei2Nakagawa Hiromu1Sato Takao3Satoh Shinnosuke1Yoshida Nao1 (1.Tohoku university 、2.Tokyo university、3.Hokkaido Information University)


キーワード:火星、放射輸送、気象

気象学では、大気運動を特徴づける地表面圧力の観測は極めて重要である。火星における気象現象は、惑星規模で発生するもの(全球規模の砂嵐、熱潮汐波、傾圧不安定波など)、地域的に発生するもの(地域性の砂嵐、大気重力波、斜面風など)、局所的に発生するもの(局所的な砂嵐、ダストデビル、乱気流など)が確認されている。これらに伴う圧力変動の観測は、着陸機による特定地点と、限られた周回探査機からのリモートセンシング観測によるもののみである。
火星大気のCO2混合比は、下層大気中で水平・高度方向にほぼ一様とみなせる。このため静水圧平衡仮定のうえでは、CO2コラム量を使用することでリモートセンシングによる地表面圧力の導出が可能である。リモートセンシング観測から地表面圧力の水平分布導出に取り組んだ唯一の事例として、Forget et al. (2007)およびSpiga et al. (2007)によるものがある。この事例では、Mars Express(MEx)に搭載された近赤外分光撮像装置OMEGAの初期観測(2004-2005)で得られた2 μm帯のCO2吸収量から、火星表面圧力の導出を行った。ダストが少ない(τ<0.4)など理想的な状態のデータのみを対象としたため、気圧導出は全データの0.7%程度(約4000回のnadir観測中29回)に留まるが、これにより95×150 km(経度幅2.5°、緯度幅4°)の地表面圧力水平分布を求めることに成功し、前線性の嵐の南下に伴う圧力勾配などが観測可能であることを示している。

近赤外線分光器 MIRS は、2024 年に打ち上げ予定の MMX に搭載される。MIRSは、MEx/OMGA同様の波長範囲と分解能で、より広いスペクトルを短時間で撮影できるため、高速なリトリーバルツールが切実に求められる。我々は、MMXを使って火星の表面圧力の水平分布をより詳しく調べることで、火星気象学への理解を深めることを目指している。本研究では、OMEGA/MExによって観測された2 μmのCO2吸収帯を含む1.8 - 2.2 μmの25点のOMEGA観測波長から火星地表面圧力をリトリーバルするツールの開発を行った。
OMEGAの1軌道における観測点は数十万点以上あり、地表面圧力水平分布のリトリーバルには高速性と高精度を両立する必要がある。本研究では、Forget et al. (2007)に倣った、地表面圧力をLook Up Table(LUT)を使用することで高速リトリーバルする手法を用いた。
LUTの作成には、放射輸送コードAcute Radiation Syndrome (ARS) (Ignatiev et al., 2005) を使用した。観測スペクトルに影響する物理パラメータ(大気情報(地表面圧力15通り、ダスト光学的厚さ6通り、氷雲光学的厚さ3通り、地表付近〜4スケールハイトの温度5×3通り)と地表面情報(地表面圧力15通り、表面アルベド7通り)、観測地点位置に依存する情報(太陽天頂角6通り)、衛星位置に依存する情報(視野角5通り、位相方位角3通り))を変化させた総計4,252,500通りの放射輝度スペクトルがLUTに格納されている。それらを多次元補間して地表面圧力の導出を行う。この導出には、(1) CO2吸収帯の等価幅を観測スペクトルと計算スペクトルで比較する新しい手法、(2) CO2吸収帯の観測スペクトルを計算スペクトルでfittingする手法、の2つを試行した。前者は計算速度に優れ、後者は導出精度に優れている。
リトリーバルでは、固定できるパラメーターを固定する。太陽天頂角、視野角、位相方位角はOMEGAの観測ジオメトリを用いた。温度分布、ダスト光学的厚さ、水氷光学的厚さはMars Climate Database Version 5.3(MCD v5.3)によって推定された値を用いた。等価幅法における地表面アルベドは、連続スペクトルを基に固定した。fitting法ではフリーパラメーターとして圧力と同様にアルベドもリトリーバルした。

Forget et al. (2007) との比較を軸に、3地点(ヘラス盆地、クリュセ平原、Terra Meridiani)で行った。相対精度の検証は、3日離れた2軌道間の導出圧力の比較によって行った。等価幅法では、導出した圧力リトリーバルの特定地点での導出精度は+3%から+42%、地点間での相対精度は3σ~±30 Pa(±4%)となり、fitting法では、特定地点での導出精度は-0.1%から-2.3%、地点間での相対精度は、3σ~±15 Pa(±2.0%)となって、特定地点において誤差範囲内で先行研究の導出結果と一致した。その上で、基準高度面での圧力を導出するため、表面圧力値を高度補正する方法も確立した。fitting法によって導出した基準高度面での圧力の地形間の相対精度は3σ~±10 Pa(±1.7%)となった。火星の大気波動変化の解析に十分な結果となった。そこから、MCDと地表面圧力分布が一致しない地域スケールの気象現象を特定し、基準高度面での圧力を用いて、相対精度<5%で解析を行う。データ解析では、事象調査やQL作成に等価幅法を、詳細解析にfitting法を適用する。

本講演では、このリトリーバルツールを使用した火星年28(2006年1月-2007年12月)の表面圧力分布について初期解析結果について報告する。等価幅法では、期間内の全解析(2348データ)に約50日(fitting法では約1200日)かかり、fitting法と比べて現実的である。さらに、MIRS/MMXへの適用可能性についても述べる。これは、火星の広域圧力分布とその変動リトリーバルを可能にすることで、MMXによる火星気象学への主要な貢献の一つとなる。