日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] オンラインポスター発表

セッション記号 P (宇宙惑星科学) » P-CG 宇宙惑星科学複合領域・一般

[P-CG20] 宇宙における物質の形成と進化

2023年5月26日(金) 10:45 〜 12:15 オンラインポスターZoom会場 (3) (オンラインポスター)

コンビーナ:荒川 創太(海洋研究開発機構)、大坪 貴文(自然科学研究機構 国立天文台)、野村 英子(国立天文台 科学研究部)、瀧川 晶(東京大学 大学院理学系研究科 地球惑星科学専攻)


現地ポスター発表開催日時 (2023/5/25 17:15-18:45)

10:45 〜 12:15

[PCG20-P02] 水素・水蒸気中フォルステライト蒸発の速度論

*稲田 栞里1橘 省吾1 (1.東京大学)


キーワード:原始惑星系円盤、蒸発、水蒸気、実験、速度論

背景:水蒸気は初期太陽系の気相-固相反応における主要な酸化剤である.コンドライト隕石や構成物質間の多様な酸化還元状態は,コンドライト形成領域における酸化還元状態のバリエーションを示唆し,水蒸気の不均一な分布に起因する可能性がある.水蒸気の不均一な分布は,氷ダストの中心星方向への移動と,スノーライン内側での蒸発により実現され [1, 2],太陽系内側領域での酸素同位体進化においても重要な役割を果たす [3].
水蒸気は,初期太陽系での化学分別をもたらす主要な過程である蒸発に対して,影響を及ぼす可能性がある.先行研究では,Hertz-Knudsen (HK) 式 [4] に基づいて,水素・水蒸気中でのフォルステライトの蒸発速度が理論的に調べられ,以下の3条件で,異なる分圧依存性を示すことが示された [5].(1) 低水素・水蒸気圧条件では,蒸発速度は水素・水蒸気分圧に依存しない (free evaporation-dominated (FED) regime).(2) 平均的な原始太陽系円盤の条件では,蒸発速度はPH21/2に比例する(hydrogen reaction-dominated (HRD) regime).(3) 低温または酸化的条件では,蒸発速度はPH2/PH2Oに比例する (H2-H2O buffer-dominated (HBD) regime).これらのうち,FEDとHRDの条件範囲での蒸発挙動は,これまでおこなわれた実験と整合的であるが [6, 7],HBD条件は未だ実験的に確かめられていない.

手法・結果:蒸発実験では,水素・水蒸気を導入して全圧を1 Paとした高温真空炉でフォルステライト単結晶試料を加熱し,実験前後の質量変化から蒸発速度を算出した.温度 (1600 K, 1350 K) およびPH2/PH2O (214±8,429±15) を変化させた実験をおこない,条件依存性を調べた.
実験結果は,時間に対して線形の質量変化を示した [6].また,水素中および水素・水蒸気中の両条件において,フォルステライトが調和的に蒸発することが確かめられた.水素中での蒸発速度は,1600 Kで (1.13±0.06) x10-5 mol m–2 s–1,1350 K で (6.5±0.2) x10-8 mol m–2 s–1となり,先行研究と整合的な結果が得られた [6, 7].1350 Kでの水素-水蒸気混合ガス中の実験では,蒸発速度は (6.9±0.7) x10-9 mol m–2 s–1 (PH2/PH2O=214±8) および (7.4±0.6) x10-9 mol m–2 s–1 (PH2/PH2O=429±15) であった.

議論:本研究でおこなった実験から,HBD条件において水蒸気がフォルステライトの蒸発を抑制することが,初めて確かめられた.一方で,異なるPH2/PH2O (~210と~430) での蒸発速度にはほとんど差がなく,HK式の予測よりも小さいPH2/PH2O 依存性が示唆された.この結果は,水蒸気存在下での蒸発速度がHK式では記述されない可能性があることを示唆するが,検証のためにはさらなる実験が必要である.
フォルステライトの蒸発がHK式に従うことは自明ではないが,本研究の結果から,HBD条件において水蒸気がフォルステライトの蒸発を抑制することが示された.HK式に基づくと,原始惑星系円盤においても,PH2/PH2Oが太陽系組成に基づく値(PH2/PH2O ~2×103 [8])の10倍となった場合に [1],全圧10 Pa で ~1600 KまでHBD条件の蒸発がおこることが予測される.水蒸気による蒸発の抑制は,蒸発に伴う元素・同位体分別の時間スケールを長くするため,高い水蒸気圧下でCAIやコンドリュールメルトの蒸発がHBD条件での蒸発に従う場合,元素・同位体分別が抑制される可能性が考えられる.

References: [1] Ciesla F. J. and Cuzzi J. N. (2006) Icarus 181, 178 [2] Ida S. et al. (2021) A&A, A13. [3] Yurimoto H. and Kuramoto K. (2004). Science 305, 1763. [4] Persad A. H. and Ward C. A. (2016) Chem. Rev. 116, 7727. [5] Tsuchiyama A. et al. (1999) GCA 63, 2451.[6] Takigawa A. et al. (2009) ApJ, 707, L97. [7] Tsuchiyama A. et al. (1998) Min. J. 20, 113. [8] Lodders K. (2021) Space Sci. Rev. 217, 44.