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[PPS07-P17] 熱的散逸による金星の組成・同位体比の進化に関する理論的研究
キーワード:金星、大気散逸
金星は地球とほぼ同サイズの岩石惑星でありながら、現在の表層環境はまったく異なっている。地球は海をたたえる惑星であるのに対して、金星は大気中にわずかに水蒸気が存在しているだけである。地球と金星が同じような材料物質から形成したとすれば、この2つの惑星の進化過程の相違を意味している。その意味で、現在の金星大気の化学組成や同位体比は、金星が形成された初期の状態や約45 億年の進化の段階で起きた大気散逸や揮発性元素の供給過程の結果であり、過去の金星を理解する上で重要な指標となる。例えば地球と比べて約100 倍の値を持つ金星大気の水素と重水素の比を表すD/H は、過去に金星から大量の水素が散逸した根拠とされている。また、それらの大規模な水素散逸によって希ガスの組成比や同位体比も変化することから、金星大気の希ガス測定は今後の金星探査計画の対象となっており、金星がどのような表層進化を辿ってきたのかを探る手がかりとされている。
惑星大気散逸の物理過程として、流体的散逸などの熱的散逸と、光化学散逸などの非熱的散逸がある。これまでの金星大気からの水素の散逸に関する研究(Gillmann et al. 2022)によると、現在の金星の高いD/Hは、初期に起きた大規模な熱的散逸ではなく、ここ10 億年で起きている水素の非熱的散逸である可能性が指摘されている。しかし、その場合でも、現在の地球のD/H よりも15 倍高い定常的な供給源が必要とされている(Grinspoon 1993)。さらに、非熱的散逸のプロセスは複雑で分別過程は詳しく分かっておらず、地球の100 倍のD/H を説明するようなパラメータ(分別係数や脱ガス率)を恣意的に用いている感がいなめない。
そこで本研究では、物理過程がよくわかっている熱的散逸過程の1つである流体的散逸に注目し、金星形成時に獲得した水から水素が大規模に散逸する過程、および、隕石衝突によって供給される水を考慮した定常的な散逸過程を計算する。どのパラメータが、現在の金星の水蒸気量およびD/H を決定しているのかについて調べ、現在の観測値を説明できるような現実的なパラメータが存在するのかどうかを明らかにする。
形成直後の金星大気としては、Hamano et al.(2013)を参考に、90 気圧のCO2 と地球海洋質量の数倍相当の水蒸気で構成される混合大気を考えた。金星への水の供給としては、Neukum(1983) の隕石衝突フラックスモデルを用いて、45 億年間で数倍の地球海洋質量 の水が供給される状況を考えた。散逸モデルとしては、状況に応じて、太陽からのXUV フラックスによって散逸量が規定されるエネルギー律速過程(Watson et al. 1981)と、CO2 大気中を水素が拡散する速度によって散逸量が規定される拡散律速過程(Hunten 1973)を用いて計算した。軽い水素原子が重い重水素原子を引きずることによって生じる分別過程も考慮した。
計算の結果、初期の水はエネルギー律速過程によって約4 億年で失われることがわかった。その際のD/Hの上昇は約2 倍と限定的である。そして初期の水がなくなった後、散逸過程は拡散律速散逸が支配的となり、その散逸と隕石による供給の釣り合いで、大気中の水蒸気量とD/H が決定される。D/H の上昇は大気の温度で、大気中の水蒸気は大気の温度と隕石の供給量の両方に依存することがわかった。現在の金星を説明するパラメータは大気の温度が1400 K、隕石による水の総供給量が3.4倍の地球海洋質量であることがわかった。
さらに本研究では、上記で求めたパラメータを使用して、希ガスの散逸についても計算した。その結果NeとAr は、金星形成時に獲得した初期の量の約3 割が散逸し、Kr とXe はほぼ散逸しないことがわかった。また希ガス同位体比(20Ne/22Ne, 36Ar/38Ar) の変化は約3% と限定的であることがわかった。このことは、コンドライト隕石の希ガス同位体比(特にNe)よりも高い金星大気の値を説明するためには、より高い同位体比を持つ太陽組成由来の成分を初期に持つことが必要であることを示唆している。
これらの結果より、将来の金星探査によって大気中の組成と同位体比が測定されたとき、金星形成時に得られた水の情報は得られないことがわかった。しかし、希ガスについては形成時に獲得した物質が残っているので、金星形成時の揮発性元素の供給過程に強い制約を与えられることが期待される。
惑星大気散逸の物理過程として、流体的散逸などの熱的散逸と、光化学散逸などの非熱的散逸がある。これまでの金星大気からの水素の散逸に関する研究(Gillmann et al. 2022)によると、現在の金星の高いD/Hは、初期に起きた大規模な熱的散逸ではなく、ここ10 億年で起きている水素の非熱的散逸である可能性が指摘されている。しかし、その場合でも、現在の地球のD/H よりも15 倍高い定常的な供給源が必要とされている(Grinspoon 1993)。さらに、非熱的散逸のプロセスは複雑で分別過程は詳しく分かっておらず、地球の100 倍のD/H を説明するようなパラメータ(分別係数や脱ガス率)を恣意的に用いている感がいなめない。
そこで本研究では、物理過程がよくわかっている熱的散逸過程の1つである流体的散逸に注目し、金星形成時に獲得した水から水素が大規模に散逸する過程、および、隕石衝突によって供給される水を考慮した定常的な散逸過程を計算する。どのパラメータが、現在の金星の水蒸気量およびD/H を決定しているのかについて調べ、現在の観測値を説明できるような現実的なパラメータが存在するのかどうかを明らかにする。
形成直後の金星大気としては、Hamano et al.(2013)を参考に、90 気圧のCO2 と地球海洋質量の数倍相当の水蒸気で構成される混合大気を考えた。金星への水の供給としては、Neukum(1983) の隕石衝突フラックスモデルを用いて、45 億年間で数倍の地球海洋質量 の水が供給される状況を考えた。散逸モデルとしては、状況に応じて、太陽からのXUV フラックスによって散逸量が規定されるエネルギー律速過程(Watson et al. 1981)と、CO2 大気中を水素が拡散する速度によって散逸量が規定される拡散律速過程(Hunten 1973)を用いて計算した。軽い水素原子が重い重水素原子を引きずることによって生じる分別過程も考慮した。
計算の結果、初期の水はエネルギー律速過程によって約4 億年で失われることがわかった。その際のD/Hの上昇は約2 倍と限定的である。そして初期の水がなくなった後、散逸過程は拡散律速散逸が支配的となり、その散逸と隕石による供給の釣り合いで、大気中の水蒸気量とD/H が決定される。D/H の上昇は大気の温度で、大気中の水蒸気は大気の温度と隕石の供給量の両方に依存することがわかった。現在の金星を説明するパラメータは大気の温度が1400 K、隕石による水の総供給量が3.4倍の地球海洋質量であることがわかった。
さらに本研究では、上記で求めたパラメータを使用して、希ガスの散逸についても計算した。その結果NeとAr は、金星形成時に獲得した初期の量の約3 割が散逸し、Kr とXe はほぼ散逸しないことがわかった。また希ガス同位体比(20Ne/22Ne, 36Ar/38Ar) の変化は約3% と限定的であることがわかった。このことは、コンドライト隕石の希ガス同位体比(特にNe)よりも高い金星大気の値を説明するためには、より高い同位体比を持つ太陽組成由来の成分を初期に持つことが必要であることを示唆している。
これらの結果より、将来の金星探査によって大気中の組成と同位体比が測定されたとき、金星形成時に得られた水の情報は得られないことがわかった。しかし、希ガスについては形成時に獲得した物質が残っているので、金星形成時の揮発性元素の供給過程に強い制約を与えられることが期待される。