日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 P (宇宙惑星科学) » P-PS 惑星科学

[P-PS08] 太陽系物質進化

2023年5月25日(木) 15:30 〜 16:30 展示場特設会場 (2) (幕張メッセ国際展示場)

コンビーナ:日比谷 由紀(東京大学 先端科学技術研究センター)、川崎 教行(北海道大学 大学院理学研究院 地球惑星科学部門)、松本 徹(京都大学白眉センター)、橋口 未奈子(名古屋大学)、座長:橋口 未奈子(名古屋大学)、松本 徹(京都大学白眉センター)


15:45 〜 16:00

[PPS08-08] 隕石母天体内部の水質変質を模擬したホルモース型反応による糖類の生成 -ガンマ線や出発物質の影響-

*安部 隼平1癸生川 陽子1、依田 功2小林 憲正1 (1.横浜国立大学、2.東京工業大学)

キーワード:糖、ホルモース反応、ガンマ線

緒言
 糖類はアミノ酸や核酸塩基などの生体関連物質とともに隕石中から発見されている[1,2]。RNA、DNAの構成要素であるリボース、デオキシリボースに代表される糖類は生命にとって欠かすことのできない物質である。つまり生命の起源を議論する上で、これら生体関連物質の前生物的な生成を考える必要がある。糖類の前生物的な生成反応として、塩基性条件下でアルデヒドから糖を生じるホルモース反応が挙げられる。隕石母天体内部の水質変質を模擬した同様の反応(ホルモース型反応)が進行することによって、隕石中に見られる不溶性有機物の構造に似た物質が得られる[3]ことや、出発物質にアンモニアを加えることでアミノ酸が生成する[4,5]ことが知られているために、前生物的な生体関連物質の生成反応として有力視されている。アンモニアはホルモース反応による糖類の生成速度を上昇させる[6]が、模擬原始大気中での火花放電による糖類の生成実験において含窒素化合物により糖の生成が阻害されることが示唆されている[7]。
 宇宙空間での糖類の生成場の一つとして、隕石母天体[2]が考えられている。ここではアルデヒドが存在していると推測され、また、26Alなどの放射性崩壊により生じた熱による水質変質に伴ってホルモース型反応が起こった可能性がある。この過程では熱だけでなく放射線そのものの影響もあると考えられ、先行研究によって、隕石母天体での水質変質を模擬した系でのγ線によるアミノ酸の生成への影響が示唆されている[8]。
 本研究では、糖(アルドース)の生成におけるγ線の影響を調べるために隕石母天体内部の水質変質を模擬した系に加熱またはγ線照射を行い、生成物中の糖類を分析し、これらの結果を比較した。また糖の生成における含窒素化合物の影響の検証として、アンモニアを出発物質に加え、その比率を変化させて同様に実験を行った。

実験方法
 隕石母天体内部の水質変質の模擬として、(1) ホルムアルデヒド:メタノール:アンモニア:水:=5:0.83:x:100(混合溶液をFAWと呼称)、(2) ホルムアルデヒド:メタノール:アンモニア:グリコールアルデヒド:水 =5:0.83:x:1:100(混合溶液をFAGWと呼称)のモル比率で混合した溶液 (200 µL) を調整した。ただし、xは(1) x=0, 0.5, 1, 2, 3, 4, 5、(2) x=0, 1, 5と変化させた。メタノールはホルムアルデヒドの安定剤として含まれていた。これらの試料に対して、加熱 (50 ℃, 72 h) またはγ線照射 (60Co線源, 1.5 kGy/h, 60 h) を行い、誘導体化の後にガスクロマトグラフィー質量分析法(GC/MS)により分析した。分析の対象は3-6炭素のアルドースとした。また対照実験としてエネルギーを照射せず室温で放置した同様のサンプルを作製し、分析した。さらにホルムアルデヒドを13CラベルしたFAWサンプルに対してγ線照射を行い、生成した糖類が実験生成物である確認を行った。

結果と考察
[13Cサンプル]
 
生成物中に13Cを含むアルドースが確認されたことから、本研究で得られた単糖類は実験生成物であることが確認された。
[熱とγ線の比較]
 
FAWでは、加熱よりもγ線照射によって量・種類ともに多く生成した。一方、FAGWでは加熱とγ線照射の両方で同じ程度の糖の生成量・種類であった。これらよりFAWのγ線照射サンプルでは、ラジカルを介した反応によりグリコールアルデヒドが生成された[9]ために、ホルモース型反応が進行しやすくなり、糖の生成が増加したと考えられる。
[出発物質の影響]
 
FAGWで多量のアルドースが得られたことから、グリコールアルデヒドの存在は糖類の生成に重要であることが示唆された。アンモニアの影響については、アンモニア/ホルムアルデヒド=0.1-0.2程度であるときにアルドースの生成量が最大となり、以降アンモニアの量が増加するにつれて生成量は減少傾向となった。これらの結果よりアンモニアは反応を触媒すると同時に、アミノ酸の生成[4,5]やメイラード型反応による糖の消費[10]など、糖の生成を阻害または生成した糖を別の物質へ変換する機能があると推測される。したがってアンモニアは少量である方が良い可能性がある。

まとめ
 糖類の生成にはグリコールアルデヒドの存在が重要であることがわかった。γ線によってホルムアルデヒドからグリコールアルデヒドが生成されることから、隕石母天体において、熱だけではなくγ線も糖の生成を促進したことが示唆された。アンモニアはホルモース型反応において糖の生成の促進と阻害の両方の機能を有することが示された。

参考文献
[1] Y. Furukawa et al., PNAS, 2019, 116, 24440-24445.
[2] G. Cooper et al., Nature, 2001, 414, 879-883.
[3] G. D. Cody et al., PNAS, 2011, 108, 19171-19176.
[4] T. Koga et al., Scientific reports, 2017, 7, 636.
[5] Y. Kebukawa et al., Science Advances, 2017, 3, e1602093.
[6] AL. Weber, , Orig. Life Evol. Biosph., 2001, 31, 71-86.
[7] 小林 憲正他, 分析化学, 1989, 38, 608-612.
[8] Y. Kebukawa et al., ACS Cent. Sci., 2022, 8, 1664-1671.
[9] A. López-Islas et al., Int. J. Astrobiol., 2018, 18, 420-425.
[10] V. Vinogradoff et al., Icarus., 2018, 305, 358-370.