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[PPS08-P12] リュウグウ試料に含まれる有機物のTOF-SIMS分析
キーワード:小惑星リュウグウ、有機物、TOF-SIMS
[はじめに]はやぶさ 2 ミッションによりC 型小惑星リュウグウから持ち帰られたサンプルについて,2021 年 6 月から 2022 年 5 月までの期間,初期分析が行われた。固体有機物分析サブチームは,リュウグウ試料に含まれる有機物の特徴や起源,リュウグウ母天体での進化過程の理解を目的としており,これまで,バルク試料やIOM試料について,µ-FT-IR,µ-ラマン分光分析,STXM-XANES, NanoSIMSなどを用いた分析が行われてきた [1]。本研究では,リュウグウ試料に含まれる有機物の分子構造を調べるため,時間飛行型二次イオン質量分析計 (TOF-SIMS)を用いたその場分析を行なった。
[実験] 本研究では,2つのリュウグウのアグリゲイト試料 (A0106, C0107)からHF/HClを用いて抽出したIOM試料 [1],およびバルク試料 (A0106, C0057)を用いた。また,比較としてタギッシュレイク隕石 (ungrouped C2)のバルク試料およびIOM試料も同様に分析を行なった。本研究に用いたタギッシュレイク隕石試料は,コンドリュールが非常に少なく,マトリックス中にしばしばフランボイダルマグネタイトが観察され,先行研究におけるリソロジー11iと類似した水質変成の程度を示した [2]。全ての試料は,洗浄済みの銅ディスク (~2 mmφ, t=0.05 mm)に圧着した。バルク試料とIOM試料の表面の凹凸は,それぞれ< 10 µm, <5 µmであった。TOF-SIMS分析には,名古屋大学設置のTRIFT III spectrometer (ULVAC-PHI, Inc.)を用いた。約200×200µmの領域にAu+ 一次イオン (22 keV, 2.6 nA, ~1 µmφ)をラスターし,正イオンと負イオンスペクトルを得た。得られたピークについて,銅ディスク領域を除いた領域を選択し,それぞれのピーク強度をm/z 0–150の総イオン強度との比としてノーマライズした。
[結果と考察]
全ての試料から得られた正イオンスペクトル (m/z 0-150)において,Cn+, CnHx+, CnHxNy+, CnHxOz+, CnHxNyOz+, HxNy+など,多様なフラグメントイオンが見られた。
総イオン強度の最も大きなイオン種はCnHx+イオン (n=1~11)であり,これは芳香族化合物と脂肪族化合物の両者に由来するものである [e.g., 3]。IOM試料では,CnHx+イオンのイオン強度はタギッシュレイク隕石よりもリュウグウ試料の方が大きく,また,検出されたイオン種におけるH/C比はリュウグウ試料の方が大きい傾向が見られた。CnH2+の強度の違い [3]から,リュウグウIOMよりもタギッシュレイク隕石IOMは強い芳香族性を示した。これは,本研究で用いたタギッシュレイク隕石試料がリュウグウ試料よりも母天体での水質変成をより強く受けている可能性[4],もしくは,宇宙線照射の影響など小惑星表面と隕石試料との違いに起因すると考えられる。一方,バルク試料から得られたCnHx+イオンについては,IOMと同様の傾向は見出せなかった。
CnHxNy+イオンは,バルク試料ではリュウグウ試料およびタギッシュレイク隕石ともにC3H8N+イオンが最も強度が大きかった。一方,リュウグウIOM試料は他のイオン種 (C2H6N3+やCH5N3+)の強度が大きく,タギッシュレイク隕石IOMはバルク試料と同じ傾向を示した。CnHxOz+イオンについても,バルク試料で最も大きな強度を示すイオン (C2H3O+やC5H3O+)はリュウグウ試料とタギッシュレイク試料で共通していたが,タギッシュレイク隕石IOMはバルク試料と類似した傾向である一方で,リュウグウIOMは他のイオン種 (C5H3O+やC3H3O+)が大きなイオン強度を示した。本結果は,バルク試料に存在する有機物とIOMの化学構造の違いを示しており,リュウグウ試料に含まれる有機物の構造が変化しやすいことを示唆している可能性がある。
References
[1] Yabuta H. et al. (2023) Science. [2] Herd et al. (2011) Science, 332, 1304. [3] Sjövall P et al. (2021) Fuel, 286, 119373. [4] Vinogradoff et al. (2017) Geochimica et Cosmochimica Acta 212, 234.
[実験] 本研究では,2つのリュウグウのアグリゲイト試料 (A0106, C0107)からHF/HClを用いて抽出したIOM試料 [1],およびバルク試料 (A0106, C0057)を用いた。また,比較としてタギッシュレイク隕石 (ungrouped C2)のバルク試料およびIOM試料も同様に分析を行なった。本研究に用いたタギッシュレイク隕石試料は,コンドリュールが非常に少なく,マトリックス中にしばしばフランボイダルマグネタイトが観察され,先行研究におけるリソロジー11iと類似した水質変成の程度を示した [2]。全ての試料は,洗浄済みの銅ディスク (~2 mmφ, t=0.05 mm)に圧着した。バルク試料とIOM試料の表面の凹凸は,それぞれ< 10 µm, <5 µmであった。TOF-SIMS分析には,名古屋大学設置のTRIFT III spectrometer (ULVAC-PHI, Inc.)を用いた。約200×200µmの領域にAu+ 一次イオン (22 keV, 2.6 nA, ~1 µmφ)をラスターし,正イオンと負イオンスペクトルを得た。得られたピークについて,銅ディスク領域を除いた領域を選択し,それぞれのピーク強度をm/z 0–150の総イオン強度との比としてノーマライズした。
[結果と考察]
全ての試料から得られた正イオンスペクトル (m/z 0-150)において,Cn+, CnHx+, CnHxNy+, CnHxOz+, CnHxNyOz+, HxNy+など,多様なフラグメントイオンが見られた。
総イオン強度の最も大きなイオン種はCnHx+イオン (n=1~11)であり,これは芳香族化合物と脂肪族化合物の両者に由来するものである [e.g., 3]。IOM試料では,CnHx+イオンのイオン強度はタギッシュレイク隕石よりもリュウグウ試料の方が大きく,また,検出されたイオン種におけるH/C比はリュウグウ試料の方が大きい傾向が見られた。CnH2+の強度の違い [3]から,リュウグウIOMよりもタギッシュレイク隕石IOMは強い芳香族性を示した。これは,本研究で用いたタギッシュレイク隕石試料がリュウグウ試料よりも母天体での水質変成をより強く受けている可能性[4],もしくは,宇宙線照射の影響など小惑星表面と隕石試料との違いに起因すると考えられる。一方,バルク試料から得られたCnHx+イオンについては,IOMと同様の傾向は見出せなかった。
CnHxNy+イオンは,バルク試料ではリュウグウ試料およびタギッシュレイク隕石ともにC3H8N+イオンが最も強度が大きかった。一方,リュウグウIOM試料は他のイオン種 (C2H6N3+やCH5N3+)の強度が大きく,タギッシュレイク隕石IOMはバルク試料と同じ傾向を示した。CnHxOz+イオンについても,バルク試料で最も大きな強度を示すイオン (C2H3O+やC5H3O+)はリュウグウ試料とタギッシュレイク試料で共通していたが,タギッシュレイク隕石IOMはバルク試料と類似した傾向である一方で,リュウグウIOMは他のイオン種 (C5H3O+やC3H3O+)が大きなイオン強度を示した。本結果は,バルク試料に存在する有機物とIOMの化学構造の違いを示しており,リュウグウ試料に含まれる有機物の構造が変化しやすいことを示唆している可能性がある。
References
[1] Yabuta H. et al. (2023) Science. [2] Herd et al. (2011) Science, 332, 1304. [3] Sjövall P et al. (2021) Fuel, 286, 119373. [4] Vinogradoff et al. (2017) Geochimica et Cosmochimica Acta 212, 234.