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[SCG48-11] 北海道石.新規な多環芳香族炭化水素鉱物とその生成メカニズム
キーワード:多環芳香族炭化水素、有機鉱物、新鉱物、コロネン、ベンゾ[ghi]ペリレン、北海道石
はじめに
多環芳香族炭化水素(PAH)は高い熱安定性を有する有機化合物群であり、地球外では星間物質や太陽系衛星表面などで検出され、地球では有機物の高温熱分解により生成する。特に、芳香環7つの縮合したコロネンC24H12 (Cor)は、熱的に最安定な有機物として生物起源有機物の高温の熱作用により生じ、地質時代上の高温破局的イベントの証左にもなっている。鉱物としてのCorは、カルパチア石(carpathite)として熱水性水銀鉱床にまれに産することが知られているが(Brumer1975, Echigo2007ほか)、その詳細な分子生成・純化プロセスには不明瞭な点が多い。これは、既報のカルパチア石の産状では、その前駆物質や他の有機物をほぼ伴わないことによるところが大きい。最近我々は、北海道の沈み込み帯の火山フロントにおいて多彩なPAH系有機物の産出を見い出し、これらを調査している。本発表では、新鉱物「北海道石」を含むPAH鉱物類とその生成に関する知見を報告する。
調査とその結果
北海道の2サイト(愛別地域、然別地域)において、熱水性シリカ脈に随伴する母骨格(無置換)PAH類の産出を見いだした。これらは、コロネンおよびコロネンから芳香環がひとつ欠損したベンゾ[ghi]ペリレン C22H12 (BPer)を主とし、それに加え分子量150-400程度の雑多なPAH類を伴っていた。前二者はいずれも結晶性固体であり、これらは国内における初めてのPAH系有機鉱物の産出例となる。BPerを成分とする鉱物は淡黄色鱗片状の単斜晶であり、これを北海道石 (hokkaidoite: IMA2022-104) として新鉱物記載した。北海道石は、各種分光分析により構造を同定し、最終的に単結晶X線構造解析により結晶構造を確定した。
愛別地域のPAHは熱水性水銀鉱床(含辰砂石英脈)に産した。ここでは、石英の空隙にカルパチア石および北海道石の結晶が見られ、それ以外のPAH類(分子量150-300)は鉱染状であった。このカルパチア石は常に少量のBPerが固溶し、これはCor結晶へのBPer置換型固溶であることが結晶構造解析の部分欠損モデル精密化により予想された。この傾向は、カリフォルニア産のカルパチア石が高純度Corよりなる (Brumer1975) こととは対照的である。愛別地域における有機物組成はCorを主とし、BPerは少ない。
一方、然別地域では、古温泉に由来する珪華堆積層にOpal-A~Opal-CTの沈殿脈が見られ、高標高部では地表生成性のガイゼライトとなっていた。このOpalには、北海道石、著量のBPerを固溶するCor結晶(カルパチア石)、および種々のPAH(分子量150-400)の混合物である非晶質ビチューメン等が包有されていた。然別地域における有機物組成はBPerが優勢であり、Corはそれに次ぐ。
考察
これらの有機鉱物は、火山山体の下位堆積岩中の生物起源有機物が強い熱・熱水変質を受け、生じたPAH類が熱水に抽出され、地表近くに輸送され晶出しているものと考えられる(Echigo2007)。この晶出の際に有機鉱物の結晶分化が起こっていることがわかった。この結晶分化では、熱水組成中に優勢に含まれ、分子量がより大きく、高い分子の対称性を有し結晶化しやすい(溶解度の低い)成分から順に晶出する傾向が確認できた。その際に、分子構造の類似した縮合環数のより少ないPAH成分を固溶しやすいという挙動も見いだされた。また、熱水中の有機物組成として、Corより環数の少ないBPerが優勢となることがあることがわかった。
これらのことより、PAH系有機鉱物の生成機構は、①生物起源有機物の熱・熱水変質によるPAH生成、②熱水へのPAHの溶解と輸送、③温度・圧力低下後のPAH鉱物の結晶分化、という3つのプロセスであることが示唆される。また、Cor分子形成は、BPer分子からの2炭素ボトムアップにより構築されている可能性が高く、これは理論計算(Costa 2021)の結果ともよく一致する。
※本研究の調査地域は大雪山国立公園の特別地域内および国有地保安林内であり、試料の採取は自然公園法の規定による環境省の許可(環北大国許第2205123号)取得と森林法による林野庁への届出をもって行われた。
文献
M. Blumer, Chem. Geol., 16, 245 (1975).
T. Echigo et al., Am. Mineral., 92, 1262 (2007) .
J. C. S. Costa et al., J. Phys. Chem. A, 125, 3696 (2021).
多環芳香族炭化水素(PAH)は高い熱安定性を有する有機化合物群であり、地球外では星間物質や太陽系衛星表面などで検出され、地球では有機物の高温熱分解により生成する。特に、芳香環7つの縮合したコロネンC24H12 (Cor)は、熱的に最安定な有機物として生物起源有機物の高温の熱作用により生じ、地質時代上の高温破局的イベントの証左にもなっている。鉱物としてのCorは、カルパチア石(carpathite)として熱水性水銀鉱床にまれに産することが知られているが(Brumer1975, Echigo2007ほか)、その詳細な分子生成・純化プロセスには不明瞭な点が多い。これは、既報のカルパチア石の産状では、その前駆物質や他の有機物をほぼ伴わないことによるところが大きい。最近我々は、北海道の沈み込み帯の火山フロントにおいて多彩なPAH系有機物の産出を見い出し、これらを調査している。本発表では、新鉱物「北海道石」を含むPAH鉱物類とその生成に関する知見を報告する。
調査とその結果
北海道の2サイト(愛別地域、然別地域)において、熱水性シリカ脈に随伴する母骨格(無置換)PAH類の産出を見いだした。これらは、コロネンおよびコロネンから芳香環がひとつ欠損したベンゾ[ghi]ペリレン C22H12 (BPer)を主とし、それに加え分子量150-400程度の雑多なPAH類を伴っていた。前二者はいずれも結晶性固体であり、これらは国内における初めてのPAH系有機鉱物の産出例となる。BPerを成分とする鉱物は淡黄色鱗片状の単斜晶であり、これを北海道石 (hokkaidoite: IMA2022-104) として新鉱物記載した。北海道石は、各種分光分析により構造を同定し、最終的に単結晶X線構造解析により結晶構造を確定した。
愛別地域のPAHは熱水性水銀鉱床(含辰砂石英脈)に産した。ここでは、石英の空隙にカルパチア石および北海道石の結晶が見られ、それ以外のPAH類(分子量150-300)は鉱染状であった。このカルパチア石は常に少量のBPerが固溶し、これはCor結晶へのBPer置換型固溶であることが結晶構造解析の部分欠損モデル精密化により予想された。この傾向は、カリフォルニア産のカルパチア石が高純度Corよりなる (Brumer1975) こととは対照的である。愛別地域における有機物組成はCorを主とし、BPerは少ない。
一方、然別地域では、古温泉に由来する珪華堆積層にOpal-A~Opal-CTの沈殿脈が見られ、高標高部では地表生成性のガイゼライトとなっていた。このOpalには、北海道石、著量のBPerを固溶するCor結晶(カルパチア石)、および種々のPAH(分子量150-400)の混合物である非晶質ビチューメン等が包有されていた。然別地域における有機物組成はBPerが優勢であり、Corはそれに次ぐ。
考察
これらの有機鉱物は、火山山体の下位堆積岩中の生物起源有機物が強い熱・熱水変質を受け、生じたPAH類が熱水に抽出され、地表近くに輸送され晶出しているものと考えられる(Echigo2007)。この晶出の際に有機鉱物の結晶分化が起こっていることがわかった。この結晶分化では、熱水組成中に優勢に含まれ、分子量がより大きく、高い分子の対称性を有し結晶化しやすい(溶解度の低い)成分から順に晶出する傾向が確認できた。その際に、分子構造の類似した縮合環数のより少ないPAH成分を固溶しやすいという挙動も見いだされた。また、熱水中の有機物組成として、Corより環数の少ないBPerが優勢となることがあることがわかった。
これらのことより、PAH系有機鉱物の生成機構は、①生物起源有機物の熱・熱水変質によるPAH生成、②熱水へのPAHの溶解と輸送、③温度・圧力低下後のPAH鉱物の結晶分化、という3つのプロセスであることが示唆される。また、Cor分子形成は、BPer分子からの2炭素ボトムアップにより構築されている可能性が高く、これは理論計算(Costa 2021)の結果ともよく一致する。
※本研究の調査地域は大雪山国立公園の特別地域内および国有地保安林内であり、試料の採取は自然公園法の規定による環境省の許可(環北大国許第2205123号)取得と森林法による林野庁への届出をもって行われた。
文献
M. Blumer, Chem. Geol., 16, 245 (1975).
T. Echigo et al., Am. Mineral., 92, 1262 (2007) .
J. C. S. Costa et al., J. Phys. Chem. A, 125, 3696 (2021).