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[SCG48-14] 異極鉱の圧力誘起相転移:低周波数ラマン分光による研究
キーワード:異極鉱、圧力誘起相転移、ラマン分光法、ソフトモード
異極鉱(hemimorphite:Zn4Si2O7(OH)2•H2O、以下I相)は単結晶X線構造解析から約2.5 GPaで高圧相(II相)への転移を起こすことが知られている(Seryotkin and Bakakin, 2011; Okamoto et al., 2021)。異極鉱は構造中に水分子とOH基のどちらも含み、圧力による構造変化や転移はそれらにより生じる水素結合と密接に関係していると考えられる。また山口ら(2010)は高圧IRその場観察などを行なって、I/II転移よりも高い圧力で2つの相転移を報告している。しかしそれらの相転移についてはまだよく調べられていない。またI/II転移ではソフトモードが観察される可能性がある。本研究ではI/II転移も含めて、3つの転移を顕微ラマン分光装置で調べた。ソフトモードを観察するために低周波数領域が10 cm-1まで測定できる顕微ラマン分光装置を使った。ダイヤモンドアンビルセルを使い、天然異極鉱結晶の破片を室温で8 GPa弱まで加圧した。さらに、Quantum Espressoを使った振動計算を行なった。
I相を加圧していくと、2.7 GPaにおいて13 cm-1付近に非常に強いラマンピークが出現した。このピークはII相の最も強いラマンピークとなり、圧力とともに高周波側に急激にシフトした。これはソフトモードと考えられる。II相の3 GPaにおける振動計算からはA1モードがZn4Si2O7(OH)2ユニットの回転振動であり、I相構造へ向かう原子変位とちょうど一致することが分かった。これがラマンで観察されたソフトモードに対応すると考えられる。一方、I相ではそのようなモードは計算・実験どちらからも見つからなかった。ソフトモードの波数wの圧力依存性をw = a|Pc-P|bを使ってfitすると、転移圧Pcが2.56(1) GPa、臨界指数b=0.44(1)が得られた(Figure参照)。II相からの減圧過程では加圧過程の転移圧とほぼ同じ圧力でソフトモードが消え、I相への転移が確認された。OH伸縮振動についてはH2O分子を含むことから I相では3500 cm-1を中心にするブロードなピークが観察されるが、圧力増加に伴ってさらにブロード化すると共に3600 cm-1付近の強度が増加する。IIへの転移においては3500 cm-1付近に新しいピークが生じ、このピークは圧力とともに低周波数側へ移動した。
IIをさらに加圧すると5.6 GPa付近でソフトモードが消えて、別の相への転移が観察された。これは山口ら(2010)の6 GPaの転移と対応すると思われる。以下これをIII相と呼ぶ。III相から減圧するとII相への転移が4.6 GPa程度で生じ、1 GPa程度のヒステリシスを示した。III相をさらに加圧すると7 GPa以上でラマンスペクトルに変化が起こり、新たな相に転移した。以下IV相と呼ぶ。これは山口ら(2010)の7 GPaで観察された転移に相当すると思われる。高周波数側のピークはブロード化しているが、200 cm-1以下に生じた6個の新しいピークはシャープであり、またOH側でも3560 cm-1にシャープなピークが現れた。IV相から減圧すると3.7と2.7 GPaの間で(III相はバイパスし)II相へ直接転移し、最終的にはI相が回収された。これらのことからIV相は結晶性が悪いかもしれないが、非晶質化までは至ってないと考えられる。
水分子による極めてブロードなピークがOH伸縮振動領域に出現するために、異極鉱中の水素結合の状態をスペクトルから求めるのは難しい。しかし今回調べた転移で出現した比較的幅の狭いピークはOH基によるものと考えられる。そうすると、I相とIII相ではOH基の水素結合は圧力でほとんど変化なく、II相では水素結合が圧力により強くなる傾向が見られた。X線構造解析からはII相においてOH基が水素結合する酸素ー酸素間距離が圧力により短くなっており、観察されたOH伸縮振動数の低周波数へのシフトを説明できる。IV相ではOH基の水素結合が弱くなった。今後はIII, IV相の構造を解明する必要がある。
異極鉱は500〜600 oCへの加熱処理によって構造を壊さないままH2O分子だけを追い出すことができる。この「水分子を除いた異極鉱」についても同様な研究を実施しているところである。両者を比較することで、これらの構造における水素結合の振る舞いをよりよく理解することができると思われる。
References
Okamoto et al. (2021) J. Miner. Petrol. Sciences, 116, 251–262
Seryotkin and Bakakin (2011) Phys. Chem. Minerals, 38, 679–684
山口佑ら(2010) 日本地球化学会第57回年会講演要旨集 3D13 09-09
I相を加圧していくと、2.7 GPaにおいて13 cm-1付近に非常に強いラマンピークが出現した。このピークはII相の最も強いラマンピークとなり、圧力とともに高周波側に急激にシフトした。これはソフトモードと考えられる。II相の3 GPaにおける振動計算からはA1モードがZn4Si2O7(OH)2ユニットの回転振動であり、I相構造へ向かう原子変位とちょうど一致することが分かった。これがラマンで観察されたソフトモードに対応すると考えられる。一方、I相ではそのようなモードは計算・実験どちらからも見つからなかった。ソフトモードの波数wの圧力依存性をw = a|Pc-P|bを使ってfitすると、転移圧Pcが2.56(1) GPa、臨界指数b=0.44(1)が得られた(Figure参照)。II相からの減圧過程では加圧過程の転移圧とほぼ同じ圧力でソフトモードが消え、I相への転移が確認された。OH伸縮振動についてはH2O分子を含むことから I相では3500 cm-1を中心にするブロードなピークが観察されるが、圧力増加に伴ってさらにブロード化すると共に3600 cm-1付近の強度が増加する。IIへの転移においては3500 cm-1付近に新しいピークが生じ、このピークは圧力とともに低周波数側へ移動した。
IIをさらに加圧すると5.6 GPa付近でソフトモードが消えて、別の相への転移が観察された。これは山口ら(2010)の6 GPaの転移と対応すると思われる。以下これをIII相と呼ぶ。III相から減圧するとII相への転移が4.6 GPa程度で生じ、1 GPa程度のヒステリシスを示した。III相をさらに加圧すると7 GPa以上でラマンスペクトルに変化が起こり、新たな相に転移した。以下IV相と呼ぶ。これは山口ら(2010)の7 GPaで観察された転移に相当すると思われる。高周波数側のピークはブロード化しているが、200 cm-1以下に生じた6個の新しいピークはシャープであり、またOH側でも3560 cm-1にシャープなピークが現れた。IV相から減圧すると3.7と2.7 GPaの間で(III相はバイパスし)II相へ直接転移し、最終的にはI相が回収された。これらのことからIV相は結晶性が悪いかもしれないが、非晶質化までは至ってないと考えられる。
水分子による極めてブロードなピークがOH伸縮振動領域に出現するために、異極鉱中の水素結合の状態をスペクトルから求めるのは難しい。しかし今回調べた転移で出現した比較的幅の狭いピークはOH基によるものと考えられる。そうすると、I相とIII相ではOH基の水素結合は圧力でほとんど変化なく、II相では水素結合が圧力により強くなる傾向が見られた。X線構造解析からはII相においてOH基が水素結合する酸素ー酸素間距離が圧力により短くなっており、観察されたOH伸縮振動数の低周波数へのシフトを説明できる。IV相ではOH基の水素結合が弱くなった。今後はIII, IV相の構造を解明する必要がある。
異極鉱は500〜600 oCへの加熱処理によって構造を壊さないままH2O分子だけを追い出すことができる。この「水分子を除いた異極鉱」についても同様な研究を実施しているところである。両者を比較することで、これらの構造における水素結合の振る舞いをよりよく理解することができると思われる。
References
Okamoto et al. (2021) J. Miner. Petrol. Sciences, 116, 251–262
Seryotkin and Bakakin (2011) Phys. Chem. Minerals, 38, 679–684
山口佑ら(2010) 日本地球化学会第57回年会講演要旨集 3D13 09-09