日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] オンラインポスター発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-CG 固体地球科学複合領域・一般

[S-CG48] 岩石・鉱物・資源

2023年5月25日(木) 15:30 〜 17:00 オンラインポスターZoom会場 (4) (オンラインポスター)

コンビーナ:西原 遊(愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター)、福士 圭介(金沢大学環日本海域環境研究センター)、野崎 達生(国立研究開発法人 海洋研究開発機構 海洋機能利用部門 海底資源センター)、纐纈 佑衣(名古屋大学大学院 環境学研究科)

現地ポスター発表開催日時 (2023/5/26 17:15-18:45)

15:30 〜 17:00

[SCG48-P01] 北海道で産出した多環芳香族炭化水素鉱物のキャラクタリゼーションとその多様性

*井上 裕貴1田中 陵二2石橋 隆3、萩原 昭人 (1.九州大学大学院理学府地球惑星科学専攻、2.相模中央化学研究所、3.大阪大学総合博物館)


キーワード:有機鉱物、多環芳香族炭化水素、北海道石、カルパチア石、分析手法

有機鉱物とは地質学作用によって生じる結晶性の有機化合物である。この中には芳香環が複数縮合した多環芳香族炭化水素 (PAH) 鉱物も7種含まれる。これらの有機鉱物は分子の生成条件やその生成メカニズムにおいて不明点が多いのみならず、軽元素のみよりなるため検出・分析にも困難を伴う。PAH 鉱物の有機化学的分析については Wise ら(1986)による検討があるが、標的とする分子性有機物に最適化した方法・条件を決定し、かつ多角的な分析情報により化合物の特徴を調べることが肝要である。最近、我々は北海道の2ヶ所で熱水起源のPAH類を見出し、調査している。本研究では、これらに有機化学的な分析手法を適用し、構成有機成分の同定および有機鉱物の特性を精査し、それらをもとに生成機構を考察した。

 北海道の2カ所(愛別、然別)で産したPAH類はいずれも浅熱水性のシリカに伴われるものである。これらの成因は、それぞれ熱水性含辰砂石英脈(愛別)と、古温泉に伴うオパール沈殿物(然別)である。有機溶剤への可溶性成分量は然別で最大1.5 wt%程度(全岩)、愛別で 0.1 wt%以下であった。PAH類は長波紫外線照射により強い蛍光を示す特徴があり、この蛍光をPAHの存在指標とした。黄色〜黄緑色~青緑色蛍光を示す部分はいずれも偏光顕微鏡により結晶性が確認され、これらは有機鉱物であった。また、それ以外の結晶性を示さない有機成分は、青色やオレンジ色の蛍光色を示すシリカに包有されていた。
両産地で得られた結晶性蛍光物を粉砕後クロロホルムで抽出し、逆相 HPLC により分析した。その結果、ベンゾ[ghi]ペリレンよりなる結晶相、コロネン相に若干のベンゾ[ghi]ペリレンを固溶する結晶相(カルパチア石)の二つが存在していることがわかった。前者は新鉱物であり、これを北海道石 (hokkaidoite) として記載登録した。これらは固体蛍光スペクトルでは 450-700 nm に広幅の発光バンドを与え、蛍光スペクトルではほぼ判別できない。これは、PAHの分子が、結晶状態では分子間相互作用により分子軌道の縮退が解け、広幅な発光ピークを与えるためと考えられる。また、不純物の影響も大きい。一方、溶液状態での蛍光は固体とは異なり、いずれも青色蛍光(単分子発光)であった。また、シリカ中の北海道石およびカルパチア石は顕微ラマンスペクトル (励起波長 633 nm) ではC-CおよびC-H結合の伸縮・変角振動に相当する複数のピークが観測され、これらはそれぞれの標準試料(試薬)のそれとよく一致した。
 然別においては、オレンジ色蛍光を示す脈性オパールが高頻度で見られた。オレンジ色蛍光は、包有される非晶質のビチューメンに由来することがわかった。ビチューメンは通常 100 μm 前後の微細な球として分散しているが、時に最大径 15 mm 程度の球形をなす。これはクロロホルムに易溶で、高真空下 250 °Cでその大部分が蒸発した。GC-MS 分析では、m/z 276 および m/z 300 の分子イオンを与える2成分が強く観測され、前者がベンゾ[ghi]ペリレン、後者がコロネンに相当する。逆相HPLC分析では、分子量150−400(芳香環数4−8に相当)に成分が集中し、約20種程度の構成成分が確認され、特にベンゾ[ghi]ペリレンおよびコロネンが多かった。また、重クロロホルム溶液での水素核磁気共鳴スペクトルでは 7.4−9.2 ppm の芳香族プロトン領域にシグナルが強く出現し、それ以外には微弱なシグナルしか観測されない。これらより、然別のビチューメンは主として中分子量に分画された無置換PAHの混合物であり、特にベンゾ[ghi]ペリレンとコロネンを卓越して含むものであることがわかった。これは熱水中の溶存有機物が急冷により分離・固化したものと考えられ、もとの熱水中の全有機物組成に近いと予想される。
 本研究におけるPAH類は生物由来有機物の高温熱熟成により生じたものであり、従来知られているコロネンのみならず、より低温条件下で生じると考えられるPAH類も同伴していた。これは、有機物の熱・熱水変質における熱履歴、およびPAHの分子形成機構の情報を含むと予想され、意義が大きい。
 本研究の調査地域は大雪山国立公園の特別地域内および国有地保安林内であり、試料の採取は自然公園法の規定による環境省の許可(環北大国許第2205123号)と森林法による林野庁への届出をもって行われた。
参考文献
Wise et al. (1986), Chem. Geol., 54, 339–357.