日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-CG 固体地球科学複合領域・一般

[S-CG55] 機械学習による固体地球科学の牽引

2023年5月21日(日) 13:45 〜 15:00 302 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:久保 久彦(国立研究開発法人防災科学技術研究所)、小寺 祐貴(気象庁気象研究所)、直井 誠(京都大学)、矢野 恵佑(統計数理研究所)、座長:縣 亮一郎(海洋研究開発機構)、矢野 恵佑(統計数理研究所)

14:45 〜 15:00

[SCG55-10] Physics-informed neural networksと粒子ベース変分推論に基づくベイジアン屈折初動走時トモグラフィ手法の開発

*縣 亮一郎1白石 和也1藤江 剛1 (1.海洋研究開発機構)

キーワード:地震波トモグラフィ、Physics-informed neural network、粒子ベース変分推論

屈折法地震探査データの初動走時を用いたトモグラフィは、深部の地震波速度構造を知るために重要である。トモグラフィにおける地震波速度の推定値の不確かさを定量化することは、解析結果の信頼性を担保する上で不可欠である。この目的のため、ベイズ推定手法を地震波トモグラフィに導入し、速度構造の事後確率分布を走時データの誤差や事前情報に基づいて推定研究が行われており、屈折初動走時を対象にした解析例も存在する(Ryberg et al. 2018)。このような既往研究では、解析領域のグリッドやメッシュによる離散化に基づき、差分法等をベースとした数値計算手法による走時計算と、推定対象である速度分布のパラメータ化およびベイズ推定を行う。この推定問題は非線形であるため、ベイズ推定にはマルコフ連鎖モンテカルロ法(MCMC)等のサンプリング手法が用いられる。
他方、偏微分方程式や逆問題を式から拘束を与えたニューラルネットワーク(NN)により解くPhysics-informed neural networks (PINN)(Raissi et al. 2019)が注目を集める。地震波トモグラフィに関しても適用が進められており(Waheed et al. 2021など)、NNにより表現される連続な関数を用いたメッシュフリー手法であることをはじめ、複数の長所が指摘されている。従来法においては、事後確率分布サンプリングにおけるパラメータ数を削減するため、reversible-jump (rj) MCMCに基づきパラメータ数自体もベイズ推定するアダプティブな離散化を導入する、または単純にグリッドを粗くする、などの手段がとられる。結果として、得られる速度分布サンプルの平均や分散などの統計量のみが議論の対象となり、グリッド依存性の大きい個々のサンプルの物理的意味は議論されない。一方、NNの表現する滑らかな関数に基づく速度モデルをベイズ推定に組み込めば、個々のサンプルに対する地球物理学的な議論がしやすくなると期待される。この長所に注目し、本研究ではPINNに基づいた地震波トモグラフィにベイズ推定を導入する。
PINNに基づく地震波トモグラフィでは、ある位置座標から地震波速度を予測するNNと、ソースとレシーバの座標から走時を予測するNNが用いられる。NNにより予測される地震波速度・走時がランダムに選ばれた評価点でアイコナル方程式を満たしつつ、予測走時が観測走時と近くなるよう、2つのNNの重みパラメータを最適化する。ベイジアン地震波トモグラフィにおいては、NNにより予測される地震波速度の事後予測分布を推定することを目指す。このような問題は、NNを構成する重みパラメータをベイズ推定するベイズニューラルネットワーク(BNN)の問題に分類される。精度の良いBNN手法として知られるのは、重みパラメータの事後確率分布をMCMC系の手法で直接サンプリングする方法であるが、大規模問題への適用性が疑問視されている。そこで、アルゴリズムの並列性や近似効率の良さで知られる粒子ベース変分推論(Liu et al. 2016など)を導入する。先に挙げた本手法の長所は、多数の粒子で近似的に表現した確率分布と真の事後確率分布との差を表す汎関数を、各粒子を逐次アップデートして最小化する、というアルゴリズムによりもたらされる。ただ、ネットワーク構造が複雑な場合、重みパラメータの事後確率分布の多峰性が強くなり、通常の粒子ベース変分推論によるBNNでは不確かさを過小評価しやすい。そこで本研究では、重みの空間ではなく、NNで近似する地震波速度などの連続関数の空間において、粒子ベース変分推論の定式化を行う。このアプローチは、関数空間における事後確率分布の形状がより単純であることを前提とする。最適化の毎ステップにおいて、関数の値に対して計算される更新幅を重み空間に逐次変換することで、多数粒子(=NN)を同時に最適化する(Wang et al. 2019)。
数値実験により手法の有効性を検討した(Agata et al., arXiv, 2023)。まず、速度の事後確率分布を解析的に記述できるような一次元線形化トモグラフィにおいて、提案手法による推定結果を解析解と比較し、十分に一致することを確認した。次に、屈折初動走時トモグラフィを模した観測点配置・速度構造における数値実験を行ったところ、観測点の分布などから考えて妥当な事後確率分布の推定結果を得た。この結果は、提案手法が理想的な問題だけでなく、実地震探査データへも適用可能であることを示唆する。また、近似事後確率分布を構成する速度分布の粒子(サンプル)一つ一つは、NNにより表現される物理的に自然な滑らかな分布を有していた。これは、rjMCMCによるアダプティブな離散化に基づく速度分布サンプルが不連続な速度分布を持つのとは対照的である。