09:15 〜 09:30
[SMP27-02] 層成長する結晶表面における元素分配の理論モデル
★招待講演
キーワード:元素分配、結晶成長、表面過程、累帯構造
鉱物内に見られる化学組成の非一様な空間分布を累帯構造という。カンラン石や斜長石のような固溶体の組成分布や,石英中のチタンのように不純物として含まれる微量元素の含有率の分布などによく観察される。累帯構造は,その鉱物がどのような環境で形成したのかを推測する手掛かりを与える。累帯構造は,鉱物の成長に伴う周囲の環境相(マグマや溶液,以後は「液相」と表記)の組成変化を反映していると考えられている。累帯構造に影響を及ぼす要素として,液相中の元素拡散が挙げられる[1]。一般に,鉱物の化学組成は液相とは異なるため,鉱物の成長に伴って鉱物周囲の液相の組成は変化する。鉱物に取り込まれやすい元素(適合元素)は液相で枯渇し,逆に,取り込まれにくい元素(非適合元素)は液相に濃集する。鉱物の成長が十分に遅ければ,液相内の組成は拡散によって均一化され,累帯構造は結晶化度のみの関数として表される。だが,鉱物の成長が速くなると,液相内での組成変化に拡散均一化が追いつかず,鉱物周辺に濃度勾配が生じる(境界層)。このような場合には,累帯構造は結晶成長速度にも依存するようになる[2]。境界層の存在は,累帯構造の形成過程をより複雑にする一方で,累帯構造から結晶成長のタイムスケールを推測する手掛かりを与える。そのため,累帯構造に対する境界層の影響がモデル化され,理論的に調べられている[3]。これら従来のモデルの多くは,鉱物と液相の界面(固液界面)において局所的な化学平衡を仮定していた。固液界面での分配係数が結晶成長速度に依存して変化することを仮定したモデル[4]もあるが,仮定した依存性は観察結果を再現するための便宜的なものであった。固液界面での元素の取り込みをどう仮定するかによって,その鉱物の成因の解釈は大きく変わりうる[1]。よって,鉱物の累帯構造に関して,成長する固液界面の化学組成がどのような要素にどのように依存するかをモデル化することは重要である。
私は,近年,古典的な結晶成長理論である層成長理論に基づき,結晶表面における元素の挙動を考慮した不純物取り込みに関する理論モデルを提案した。ファセット面の構造を原子スケールで見ると,図に示すように,原子ひとつ分の高さを持つ段差(ステップ)が存在する。液相から結晶表面に到達した溶質分子は,ステップにおいて結晶格子に取り込まれる。溶質分子が連続的に取り込まれることで,ステップは前進し,結晶面は一層一層積み重なっていく。このような成長機構を「層成長」といい,層成長に基づいた結晶成長の理論はBurton-Cabrera-Frank (BCF)理論と呼ばれる[5]。BCF理論では,結晶表面における溶質分子の吸着と脱離,表面拡散,ステップでの取り込みといった表面過程が拡散問題としてモデル化され,過飽和度の関数としてステップ前進速度,すなわち結晶成長速度が定式化されている。BCF理論は,鉱物のような無機物からなる結晶だけでなく,タンパク質やアミノ酸などの有機分子からなる結晶に対しても,その成長速度の過飽和度(過冷却度)依存性を適切に記述するモデルとして広く引用されている。BCF理論は結晶を構成する主要成分分子(ホスト分子)のみを扱っていたが,液相中に不純物が含まれていた場合,不純物分子は同様の過程を経て結晶格子へと組み込まれるだろう。私は,BCF理論の拡張として不純物分子の表面過程を考慮し,結晶への不純物の取り込み割合を過飽和度の関数として定式化した[6]。その結果,ホスト分子と不純物分子の表面挙動(例えば表面拡散係数など)が異なる場合,液相中の不純物濃度が一定だったとしても,過飽和度の関数として結晶への取り込み割合が変化することが示された。これは,境界層が発達しない状況においても,累帯構造が結晶成長速度に依存して変化することを示唆している。
本講演では,古典的な結晶成長の理論であるBCF理論[5],および,そこに不純物の取り込みを考慮した元素分配の理論モデル[6]の概要を紹介したい。鉱物の累帯構造の成因に関して,新しい視点を提供できれば幸いである。
参考文献:[1] M. J. Kohn and S. C. Penniston-Dorland (2017), Rev. Miner. Geochem. 83, 103. [2] V. G. Smith et al. (1955), Can. J. Phys. 33, 723. [3] E. B. Watson and T. Müller (2009), Chem. Geo. 267, 111. [4] T. Shea et al. (2019), Cont. Miner. Petrol. 174, 85. [5] W. K. Burton et al. (1951), Philos. Trans. R. Soc. London Ser.A 243, 299. [6] H. Miura (2020), J. Cryst. Growth 549, 125867.
私は,近年,古典的な結晶成長理論である層成長理論に基づき,結晶表面における元素の挙動を考慮した不純物取り込みに関する理論モデルを提案した。ファセット面の構造を原子スケールで見ると,図に示すように,原子ひとつ分の高さを持つ段差(ステップ)が存在する。液相から結晶表面に到達した溶質分子は,ステップにおいて結晶格子に取り込まれる。溶質分子が連続的に取り込まれることで,ステップは前進し,結晶面は一層一層積み重なっていく。このような成長機構を「層成長」といい,層成長に基づいた結晶成長の理論はBurton-Cabrera-Frank (BCF)理論と呼ばれる[5]。BCF理論では,結晶表面における溶質分子の吸着と脱離,表面拡散,ステップでの取り込みといった表面過程が拡散問題としてモデル化され,過飽和度の関数としてステップ前進速度,すなわち結晶成長速度が定式化されている。BCF理論は,鉱物のような無機物からなる結晶だけでなく,タンパク質やアミノ酸などの有機分子からなる結晶に対しても,その成長速度の過飽和度(過冷却度)依存性を適切に記述するモデルとして広く引用されている。BCF理論は結晶を構成する主要成分分子(ホスト分子)のみを扱っていたが,液相中に不純物が含まれていた場合,不純物分子は同様の過程を経て結晶格子へと組み込まれるだろう。私は,BCF理論の拡張として不純物分子の表面過程を考慮し,結晶への不純物の取り込み割合を過飽和度の関数として定式化した[6]。その結果,ホスト分子と不純物分子の表面挙動(例えば表面拡散係数など)が異なる場合,液相中の不純物濃度が一定だったとしても,過飽和度の関数として結晶への取り込み割合が変化することが示された。これは,境界層が発達しない状況においても,累帯構造が結晶成長速度に依存して変化することを示唆している。
本講演では,古典的な結晶成長の理論であるBCF理論[5],および,そこに不純物の取り込みを考慮した元素分配の理論モデル[6]の概要を紹介したい。鉱物の累帯構造の成因に関して,新しい視点を提供できれば幸いである。
参考文献:[1] M. J. Kohn and S. C. Penniston-Dorland (2017), Rev. Miner. Geochem. 83, 103. [2] V. G. Smith et al. (1955), Can. J. Phys. 33, 723. [3] E. B. Watson and T. Müller (2009), Chem. Geo. 267, 111. [4] T. Shea et al. (2019), Cont. Miner. Petrol. 174, 85. [5] W. K. Burton et al. (1951), Philos. Trans. R. Soc. London Ser.A 243, 299. [6] H. Miura (2020), J. Cryst. Growth 549, 125867.