日本地球惑星科学連合2023年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-SS 地震学

[S-SS12] 海域地震津波地殻変動観測の最前線

2023年5月22日(月) 10:45 〜 12:00 国際会議室 (IC) (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:篠原 雅尚(東京大学地震研究所)、日野 亮太(東北大学大学院理学研究科)、小平 秀一(海洋研究開発機構 海域地震火山部門)、青井 真(国立研究開発法人防災科学技術研究所)、座長:青井 真(国立研究開発法人防災科学技術研究所)、日野 亮太(東北大学大学院理学研究科)

11:30 〜 11:45

[SSS12-04] S-net海底観測網における遠地地震P波・S波の相対走時残差分布

*鈴木 基矢1趙 大鵬1豊国 源知1高木 涼太1 (1.東北大学大学院理学研究科附属地震・噴火予知研究観測センター)


キーワード:S-net、遠地地震、相対走時残差

沈み込み帯におけるプレート境界地震の発生は、プレート境界面の応力場と構造不均質にコントロールされると考えられている。しかし、海域の地震観測網の不足からスラブ下の構造不均質の影響について議論した研究例は少ない。2011年東北地方太平洋沖地震(Mw 9.0)を契機として、防災科学技術研究所は、S-net(Seafloor observation network for earthquakes and tsunamis along Japan Trench)を東日本前弧域に設置した。Fan & Zhao (2021)は、高感度地震観測網(Hi-net)における遠地・近地地震の到達時刻データに加え、S-net観測点における近地地震の到達時刻データを取り入れた日本列島全域のP波走時トモグラフィー解析を行った。データセットにS-netで記録された深発地震のデータが含まれるため、東日本前弧域においてスラブ下の構造の分解能が向上し、SLVAs(Subslab Low-Velocity Anomalies)の存在が推定された。SLVAsは、高温で浮力に富むマントル深部からの上昇流であり、プレート境界面の応力場と地震発生に影響を及ぼす可能性がある。今後重要となる、海域下の深部構造の更なる制約のためには、S-netにおける遠地地震の到達時刻データを用いる必要がある。本研究は、波形相互相関を利用した遠地地震の到達時の読み取りにより、初めてS-net観測網における多量の相対走時残差データを測定した。
 本研究では、地震観測点としてS-net150点を用いた。また、2017年1月1日から2022年10月19日までに東経137°、北緯36°を中心として震央距離30~90°で発生した(M≧6.0)の遠地地震を解析対象とした。Multi-channel cross-correlation法(VanDecar & Crosson, 1990)に基づきLou et al. (2013)により開発されたAIMBAT(Automated and Interactive Measurement of Body-wave Arrival Time)コードを用い、波形相互相関により各観測点における遠地地震の到達時刻を決定し、相対走時残差を計算した。現在までに48個の遠地地震に対して解析を行い、P波で4156個、S波で4174個の相対走時残差データを得た。
 2通りの方法で観測点ごとの平均相対走時残差を計算し、地図上にプロットした。まず、観測点ごとに記録の取れたすべての地震の相対走時残差を平均した。結果は、海溝付近で負、東北地方北部で正という特徴を示した。次に、観測網から震源を見た際の方位角により遠地地震を北東、南東、南西、北西の4象限に分類し、各象限ごとに各観測点ですべての地震の相対走時残差の平均を取った。4象限いずれの場合もおおまかなパターンは一致するが、関東沖の観測点に注目すると南西の地震に対して計算した場合のみ負の残差が大きいという特徴が見られる。
 S-net観測網の到達時刻データを用いる際、堆積層の存在に注意が必要である。堆積層は、厚さ数kmと実体波トモグラフィーの分解能下回る構造であるにも関わらず、顕著な低速度層として地震波の走時に大きな影響を及ぼすからである。Azuma et al. (2019)は、堆積層と基盤岩の境界におけるPS変換波と直達P波の到達時間差からS-net観測点直下の堆積層の厚さを推定した。さらに堆積層内の速度を仮定することで、P波・S波の走時補正量を求めた。本研究で求めた平均相対走時残差分布は、この走時補正量の分布と似た傾向を示した。堆積層が相対走時残差に与える影響を評価するため、Azuma et al. (2019)により求められた走時補正量をもとに相対走時残差に対する補正量を計算し、実際に補正を行った。補正前後の相対走時残差分布の変化は小さく、相対走時残差はその大部分が地殻・マントル構造の影響を反映すると考えられる。特に、海溝付近で負の相対走時残差が大きいという結果は、高地震波速度の海洋プレートの影響を反映すると思われる。4象限に分けて平均相対走時残差を計算した場合、南西の地震に対して関東沖で負の相対走時残差が大きくなるのは、関東南部で太平洋プレートが南西方向に大きな沈み込み角度を持っており、これが遠地地震の入射角と重なったことが主な原因と考えられる。
 地震観測点としてS-net海底観測網に加え、陸域のHi-net観測網を用い、近地・遠地地震の走時データを同時にインバージョンしてP波・S波トモグラフィーを求める予定である。これにより、日本列島下の3次元地震波速度構造を従来に比べて広域かつ深部まで高分解能で推定できると期待される。