14:00 〜 14:15
[U10-02] 気象制御という可能性は選択肢か ~台風制御を例に議論する~
キーワード:人新世、大災害、気象制御、気候介入
IPCCは第6次報告書で観測結果をもとに過去2000年間で類を見ない速度で気温の変化が起きていると述べた。近年の地球温暖化が明らかになったいま、世界で気候介入・気象制御という議論が起こっている。人が能動的に自然に介入しようと試みる活動、これはまさに人新世というフレームワークでその是非を議論すべき内容である。
米国海洋大気庁ではEarth Radiative Budget (ERB)という気候介入技術の研究開発プログラムに予算がつき、成層圏・対流圏における放射エネルギー収支を人工的に調整する手段を考えはじめた。米国大気研究センターも気候介入を専門とするバーチャルラボラトリーを立ち上げ、炭素固定や放射調節を含め、幅広く技術開発に乗り出している。日本では、2022年6月からJSTムーンショット目標8「2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現」として気象制御技術の検討が始まっている。この研究課題における現在進行中のプログラム目標としては、「2030年までに、現実的な操作を前提とした台風や豪雨の制御によって被害を軽減することが可能なことを計算機上で実証するとともに、広く社会との対話・協調を図りつつ、操作に関わる屋外実験を開始する」と定めている。
横浜国立大学 先端科学高等研究院 台風科学技術研究センター(TRC)ではJSTムーンショット目標8のうち、コア研究として「安全で豊かな社会を目指す台風制御研究」を進めている。研究ははじまったばかりだが、介入手法として大気中に微粒子を散布して対流雲の発達過程に介入する方法、洋上の抵抗船によって海面付近の風を減速させる方法、深層水をくみ上げることで海面水温を低下させる方法など、幅広く提案されている。例えば、対流雲の発達過程(雲微物理過程)に介入する方法では台風を構成する積乱雲の雲底に微粒子(エアロゾル粒子)を撒く。エアロゾル粒子は凝結核として働き、大気中の水蒸気が凝結して雲粒(浮遊水滴)や氷晶になる過程を促進する作用を持つ。大気中のエアロゾルの量や成分を変化させることで、雲粒や氷晶の数を増やし、個々の成長速度を下げることで降水効率を変化させ、台風の2次循環を通した自己励起的発達・維持機構に介入する目論見である。
こうしたアイデアを実証するにも多くの壁が立ちはだかる。よく知られているように大気は強非線形な過程である。そのため、最先端の数値気象モデルとスーパーコンピュータを駆使しても本課題の実用に耐えるだけ十分に表現できるのか、甚だ疑問である。また、介入したことによって台風が他国へ進路を向けることはないのか、必ず他国へ向かわないように制御出来るのか、介入できる手段があったとして、それはエネルギーと資源的に実現可能な量に収まるのか、といった疑問もある。そもそも、人類が自然に介入してよいのか、という意見は多く聞かれる。
1950年代から何度か米国で台風制御研究が立ち上がったことがあったが、この中で人為的介入実験を実施したハリケーンが米国本土へ上陸し被害を及ぼしてしまったこともある。ムーンショット目標8の台風制御課題で目指す台風制御とは、もとの勢力の最大10%程度を減少させることを想定しており、台風そのものを消す、もしくは日本に台風が一切接近しないようにするといった目標ではない。都市計画に含まれる「想定」を超えることが無いように、ほんの少し勢力を弱めることで甚大な被害をなくすことが目的である。技術開発と同時に、この目標が倫理的に、法的に、社会的に許容されるのか議論しなければならない。ムーンショット目標8では、ELSI(Ethical, Legal and Social Issues)課題に取り組む専門グループを設け、こうした視点からも課題に取り組んでいる。
私は人新世という言葉の中に気象制御・気候介入に関する議論が重く含まれていると感じる。これまでは意図せず、つまりは自然への理解が追いつかないまま、人類は様々な気候介入を行ってきた。その只中で、今度は意図的に気候へ介入し、気象を制御しようとしている。出来るから進めてよい、というものではないことは明らかだ。技術開発がすでに始まったいま、我々はこの可能性がとるべき選択肢なのかどうか、幅広い視野で議論しなければならないと感じる。
米国海洋大気庁ではEarth Radiative Budget (ERB)という気候介入技術の研究開発プログラムに予算がつき、成層圏・対流圏における放射エネルギー収支を人工的に調整する手段を考えはじめた。米国大気研究センターも気候介入を専門とするバーチャルラボラトリーを立ち上げ、炭素固定や放射調節を含め、幅広く技術開発に乗り出している。日本では、2022年6月からJSTムーンショット目標8「2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現」として気象制御技術の検討が始まっている。この研究課題における現在進行中のプログラム目標としては、「2030年までに、現実的な操作を前提とした台風や豪雨の制御によって被害を軽減することが可能なことを計算機上で実証するとともに、広く社会との対話・協調を図りつつ、操作に関わる屋外実験を開始する」と定めている。
横浜国立大学 先端科学高等研究院 台風科学技術研究センター(TRC)ではJSTムーンショット目標8のうち、コア研究として「安全で豊かな社会を目指す台風制御研究」を進めている。研究ははじまったばかりだが、介入手法として大気中に微粒子を散布して対流雲の発達過程に介入する方法、洋上の抵抗船によって海面付近の風を減速させる方法、深層水をくみ上げることで海面水温を低下させる方法など、幅広く提案されている。例えば、対流雲の発達過程(雲微物理過程)に介入する方法では台風を構成する積乱雲の雲底に微粒子(エアロゾル粒子)を撒く。エアロゾル粒子は凝結核として働き、大気中の水蒸気が凝結して雲粒(浮遊水滴)や氷晶になる過程を促進する作用を持つ。大気中のエアロゾルの量や成分を変化させることで、雲粒や氷晶の数を増やし、個々の成長速度を下げることで降水効率を変化させ、台風の2次循環を通した自己励起的発達・維持機構に介入する目論見である。
こうしたアイデアを実証するにも多くの壁が立ちはだかる。よく知られているように大気は強非線形な過程である。そのため、最先端の数値気象モデルとスーパーコンピュータを駆使しても本課題の実用に耐えるだけ十分に表現できるのか、甚だ疑問である。また、介入したことによって台風が他国へ進路を向けることはないのか、必ず他国へ向かわないように制御出来るのか、介入できる手段があったとして、それはエネルギーと資源的に実現可能な量に収まるのか、といった疑問もある。そもそも、人類が自然に介入してよいのか、という意見は多く聞かれる。
1950年代から何度か米国で台風制御研究が立ち上がったことがあったが、この中で人為的介入実験を実施したハリケーンが米国本土へ上陸し被害を及ぼしてしまったこともある。ムーンショット目標8の台風制御課題で目指す台風制御とは、もとの勢力の最大10%程度を減少させることを想定しており、台風そのものを消す、もしくは日本に台風が一切接近しないようにするといった目標ではない。都市計画に含まれる「想定」を超えることが無いように、ほんの少し勢力を弱めることで甚大な被害をなくすことが目的である。技術開発と同時に、この目標が倫理的に、法的に、社会的に許容されるのか議論しなければならない。ムーンショット目標8では、ELSI(Ethical, Legal and Social Issues)課題に取り組む専門グループを設け、こうした視点からも課題に取り組んでいる。
私は人新世という言葉の中に気象制御・気候介入に関する議論が重く含まれていると感じる。これまでは意図せず、つまりは自然への理解が追いつかないまま、人類は様々な気候介入を行ってきた。その只中で、今度は意図的に気候へ介入し、気象を制御しようとしている。出来るから進めてよい、というものではないことは明らかだ。技術開発がすでに始まったいま、我々はこの可能性がとるべき選択肢なのかどうか、幅広い視野で議論しなければならないと感じる。