日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気海洋・環境科学複合領域・一般

[A-CG39] 沿岸海洋生態系-1.水循環と陸海相互作用

2024年5月29日(水) 17:15 〜 18:45 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 6ホール)

コンビーナ:小森田 智大(熊本県立大学環境共生学部)、山田 誠(龍谷大学経済学部)、杉本 亮(福井県立大学海洋生物資源学部)、藤井 賢彦(東京大学大気海洋研究所)

17:15 〜 18:45

[ACG39-P05] 緑川河口干潟における安定同位体比と二次生産量を用いたアサリが基礎生産者に与える影響の季節変動

山下 奈々1、*小森田 智大1尾崎 竜也1本田 陸斗1、安藤 典幸2 (1.熊本県立大学環境共生学部、2.熊本県水産研究センター)

キーワード:捕食圧、密度効果、二次生産量、干潟

沿岸域において,懸濁物食性二枚貝類はしばしば高密度に生息し,二次生産量がしばしば生息域の基礎生産量と同等かそれを上回ることが報告されている.このことから,高密度な懸濁物食性二枚貝類の個体群は餌となる基礎生産者に対してトップダウンコントロールする.生物の餌資源解析や食物網内における有機物の移動の評価には炭素・窒素安定同位体比が広く利用されてきた.安定同位体比よる餌資源解析は生物の餌組成の時空間変動を評価できるが,安定同位対比による見積もり単独では二次生産者-基礎生産者間のエネルギーの量的な見積もりはできない.安定同位体比と基礎生産量、摂餌量を合わせてエネルギー流を捉える試みは限られており,その季節変化に関する報告はない.本研究では,有明海に面する緑川河口干潟において,懸濁物食性二枚貝であるアサリ個体群が基礎生産者に対して大きな影響を及ぼすという仮説を立てた.基礎生産者の基礎生産量は季節変動し,アサリの摂餌量は水温に大きく依存することから,基礎生産者に対する摂餌圧も季節変動すると予測した.本研究では,アサリと餌資源の炭素および窒素安定同位対比を測定することで,各調査時におけるアサリに対する餌資源の寄与率を推定し,総摂餌量に乗じることで各餌資源に対する摂餌量を算出する.さらに,同時期における植物プランクトンと底生微細藻類の基礎生産量(尾崎ら,印刷中)と比較することで,アサリ個体群が基礎生産者に与える影響の季節変動を解明することを目的とする.
 水中の基礎生産量は0.05–0.24 gC m-2 d-1,堆積物の基礎生産量は0.04–0.22 gC m-2 d-1の範囲を変動した.アサリの二次生産量は,2022年5月の0.099–0.80 gC m-2 d-1の範囲を変動した.アサリの年間の二次生産量は122.3 gC m-2 y-1であり,アサリの二次生産量は年平均一次生産量(0.21 gC m-2 d-1)と同等かそれを上回る傾向を示した.
 アサリとアサリの餌資源の炭素・窒素安定同位体比は底生微細藻類の-14.7±1.8‰から懸濁態有機物の-23.4 ±2.1‰,窒素安定同位体比は底生微細藻類の8.9±0.9‰から4.8±1.2‰の範囲を示した.アサリの炭素安定同位体比は-16.8から-21.7‰,窒素安定同位体比は6.62 ‰から8.69 ‰の範囲であり,明瞭な季節変化を示さなかった.底生微細藻類に対する摂餌圧は5.0から26.5,植物プランクトンに対する摂餌圧は0.54から3.88の範囲で変動し,底生微細藻類への摂餌圧が常に高く,1を上回った.
 本研究においては,安定同位体比の結果から底生微細藻類が常に主要な餌資源であった.この理由として,まず,アサリの摂餌可能な範囲が海底から上方約15 cmであることがあげられる.次に,潮間帯のアサリは餌粒子が増える上げ潮時と下げ潮時に摂餌する傾向がある.さらに底生微細藻類は上げ潮と下げ潮の流速が速くなるタイミングに合わせて再懸濁することを踏まえると,アサリが摂餌を行う上げ潮時と下げ潮時には海底近傍に再懸濁した底生微細藻類が多く存在していると考えられる.そのため,本研究ではアサリが主に底生微細藻類を摂餌するという結果が得られたと考えられる.また,本研究では摂餌量が基礎生産量を常に上回る結果が得られた.ワッデン海においては,底生微細藻類の基礎生産量と底生生物の摂餌量を比較し,懸濁物食者のバイオマスが高い場所では摂餌量が基礎生産量を上回ることから,懸濁物食者が潮流によって輸送された餌資源も摂餌することが示されている.本研究でも,1年を通してアサリの摂餌圧が1以上であり,アサリがその場で生産された餌資源だけでなく,他の場所で生産され潮流によって輸送された物質も餌として摂餌していると考えられた.

引用文献
尾崎竜也,他 (印刷中) 培養実験と係留系を用いた河口干潟における時間解像度の高い底生微細藻類と植物プランクトンの基礎生産量の定量.月刊海洋,56.
Yokoyama H,et al.(2005) Isotopic evidence for phytoplankton as a major food source for macrobenthos on an intertidal sandflat in Ariake Sound,Japan.Mar Ecol Prog Ser.304,101–116.