日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気海洋・環境科学複合領域・一般

[A-CG46] エミュレータの開発と応用

2024年5月29日(水) 17:15 〜 18:45 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 6ホール)

コンビーナ:筒井 純一(電力中央研究所)、杉山 昌広(東京大学未来ビジョン研究センター)、高橋 潔(国立研究開発法人国立環境研究所)

17:15 〜 18:45

[ACG46-P01] 分野横断型シナリオ研究とエミュレータの役割

*杉山 昌広1筒井 純一2高橋 潔3 (1.Institute for Future Initiatives, the University of Tokyo、2.Central Research Institute of Electric Power Industry、3.National Institute for Environmental Studies)

キーワード:気候モデル、地球システムモデル、影響評価、統合評価

1.はじめに
 長期の気候変動自体および気候政策(緩和策・適応策)を評価するためには,不確実な将来を分析するツールであるシナリオが中心的な役割を果たす.気候変動に関するシナリオ研究は温室効果ガス排出量,炭素循環,気候感度,地域的な気温上昇,またその気候影響まで広範な分野にまたがる.気候変動に関する政府間パネル(IPCC)でも複数の作業部会(WG1,WG2,WG3)の研究コミュニティーが協力し,総合的な分析を行ってきた.本稿はIPCCの新シナリオ・プロセスを起点として始まった分野横断的なシナリオ研究を,中でもエミュレータやそれに近しい概念(地球温暖化水準Global Warming Level)を中心に国際・国内の動向の観点からレビューする.また,今後の研究の在り方について報告する.
 なお、本稿の多くは杉山ほか(2024)の内容に基づく.

2.シナリオ研究の現状
 IPCCではSA90 ,IS92 やSRES(Special Report on Emissions Scenarios)のように,時代に応じて様々なシナリオが用いられてきた.特に2000年に登場したSRESシナリオは,IPCCの複数の評価報告書において重要な役割を果たしてきた.しかし,同時に様々な問題が認識されるようになった.シナリオの様々な要素は,各作業部会を代表する研究コミュニティーの間で入出力データとして交換される.このため,情報交換の流れで下流に位置する影響評価のコミュニティは情報遅延の影響を受ける.上流側の情報も,排出シナリオの基準年など,現実の変化に対応して適切に更新する必要がある.さらに,放射強制力や気候情報だけでなく社会経済指標も考慮した上での影響評価など,より統合的にシナリオを扱う必要性も認識されるようになった.こうした問題認識の下,2007年にIPCC第4次評価報告書が公表された後,シナリオ作りの主体がIPCCから研究コミュニティーに移り,IPCCがシナリオ作りを促す形で,包括的なシナリオの分析の仕方が新たに議論されるようになった.
 新シナリオ・プロセスでは,Representative Concentration Pathway (RCP)ベースの気候・影響シナリオ作りと並行して,社会経済要素のシナリオ作りが取り組まれた.RCPはCO2等の濃度変化に伴う放射強制力のシナリオであったが,緩和策の困難さや適応策の困難さについてシナリオ分析を行うことができるように,共通社会経済経路 shared socioeconomic pathways(SSPs)の研究が行われた.ScenarioMIPの成果はAR6のWG1で広範に使われ,WG2でも限定的ではあるが引用されるに至った.並行方式の新シナリオ作りは時間をかけて一通りのプロセスを終えた形である.
 なお,SSPは地球全体のシナリオの枠組みではあるが,地域に絞ったシナリオの研究も行われており,日本では日本版SSPも作成されている.

3.エミュレーターや類似概念と分野間の橋渡し
 フルスケールの精緻なESMとそれを補完するエミュレータという気候シナリオの基盤は,現実の気候政策の分野にも波及している.最近の注目すべき事例として,米国アカデミーズの提言を受けて開発された,炭素の社会的費用(Social Cost of Carbon, SCC)を確率論的に算定する新しい枠組みが挙げられる.SCCは,世界の排出量が変化する中で,1トンの追加的なCO2排出がもたらす総気候被害の正味現在価値と定義され,気候関連の政策や行動の動機付けとなる指標である.これは謂わばWG1・WG2・WG3の知見を統合したもので,WG3分野の多数の社会経済見通しに対する温暖化レベルをWG1分野のエミュレータで評価して,その結果をWG2分野の被害関数に渡す形になっている.

4.今後の展望と課題
 機械学習や人工知能の進展により影響関数や簡易気候モデルなど様々な広がりを見せている。今までの分野横断型シナリオ研究はスーパーコンピューターなど高性能計算機が必要だった多大な資源が必要であった。エミュレータも作成過程は資源集約的であるが、作成後の利用は多大な資源が必要がなく、利用者が広がることが期待できる。気候変動の議論が解決策に移る中、自治体、産業界、発展途上国なども広く使えるエミュレータは一層有効性が高まるだろう。

参考文献
杉山昌広、筒井純一、高橋潔 (2024). 分野横断型気候シナリオ研究:過去,現在,未来. 天気,