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[BCG06-14] 下部白亜系手取層群北谷層の堆積物中に含まれる芳香族炭化水素の起源:燃焼の証拠としての評価

キーワード:多環芳香族炭化水素、自然火災、手取層群、白亜紀
地質時代における自然火災の痕跡は、 有機物が高温で不完全燃焼することで生じた木炭化石やメソフォッシル、多環芳香族炭化水素(PAHs)として地質記録に保存され、過去の燃焼イベントの復元に広く活用されている[1]。昨年、我々は福井県勝山市の北谷恐竜化石発掘現場に露出する下部白亜系手取層群北谷層の蛇行河川成堆積物で、コロネンに代表される高分子量(HMW)PAHsが手取層群の他の層準[2]よりも顕著に多く検出されることを見いだし、手取層群堆積末期に気候の温暖化・乾燥化を背景に高温燃焼を伴う自然火災の発生頻度が増大していた可能性を指摘した[3]。一方で、堆積物有機物が埋没後に続成作用を被ることでもPAHsの形成は進行し、被熱の程度の増大に伴い燃焼起源PAHsに典型的なHMW PAHsも形成され得る[4]。手取層群の熱史の研究[5]から、北谷層の堆積物中でも同様の過程が進行していることが想定されるため、PAHs組成に記録された北谷層の燃焼イベントの実態を理解するためには、他の燃焼のPAHsの起源を評価し、燃焼由来の有機物の寄与をより正確に見積もる必要がある。本研究では、同発掘現場に分布する北谷層露頭から採取された堆積岩および植物化石試料の有機地球化学・有機岩石学分析に加えて一部層準のビジュアルケロジェン観察を行うことによって、各芳香族成分の起源の評価を行った。
北谷層河川堆積物中の PAHs 組成は、岩相ごとに以下のような特徴が見られた。氾濫原のシルト・泥質岩では4環以上のHMW PAHsの割合が他の岩相と比べて高い傾向が見られた。一方で、脊椎動物化石や植物化石が多産し、異地性の土壌性炭酸塩ノジュールを礫として含む淘汰の悪い岩相であるボーンベッド1の岩相は、2環式のアルキルナフタレン類や1,7-ジメチルフェナントレン(1,7-DMP)を代表とする3環式のアルキルフェナントレン類に富む特徴的な組成を示した。1,7-DMP の卓越と植物化石のバイオマーカー分析の結果から、北谷層堆積物中のアルキルフェナントレン類は、主に裸子植物由来の有機物(ピマラン型骨格を持つジテルペノイド)に由来する続成生成物であると考えられる。一方で、コロネンを含むいくつかのHMW PAHs(フルオランテン、ベンゾ[b/k/j]フルオランテンとベンゾ[e]ピレン、ペリレン、インデノ[cd]ピレンとベンゾ[ghi]ペリレン)の量比は互いに正の相関を示し、典型的な続成起源PAHsと考えられる1,7-DMP等の低分子両PAHsとは逆相関した。これは、HMW PAHsが熱熟成の進行による続成起源のPAHs生成とは異なる供給過程を持つことを示唆する。ロックエバル分析によって得られた Tmax値は約 450–530 ℃ と変化が大きく、氾濫原のシルト・泥質岩で高い傾向が見られた。これらの試料は層厚数十メートルの範囲に由来することから、Tmax値の差異は埋没に伴う熱熟成の効果よりも、堆積場に供給された有機物組成の質の差異を反映すると考えられる。予察的なケロジェン観察の結果、氾濫原のシルト・泥質岩は、燃焼起源の炭質物を含むイナーチナイト等の不透明植物片に富む傾向がみられた。燃焼の影響をうけた有機物はHMW PAHs の供給源となる一方で、堆積時点において揮発性成分や易熱分解性の成分を失っており、非燃焼起源の有機物と比較して相対的に高いTmax値をもたらす要因となる。そのため、北谷層の堆積岩中に含まれる HMW PAHs の寄与やそれと反比例して続成起源PAHsの寄与を示すと考えられる指標(例:アルキルフェナントレン/フェナントレン類全体, 1,7-DMP/DMPsなど)の変動は、燃焼の影響をうけた有機物の寄与の差異を反映していると考えられる。本研究の結果は、北谷層堆積時の蛇行河川流域の氾濫原において、顕著な燃焼イベントが恒常的に生じていたことの更なる証拠を提示するとともに、オイル生成帯相当に熱熟成の進行した北谷層の堆積岩においても、詳細なPAHs組成の解析や他の証拠との組み合わせによって、HMW PAHsを燃焼起源有機物のトレーサーとして有効に利用できることを示している。
参考文献
[1] Brown et al. (2012). Cret. Res., 36, 162-190.
[2] Hasegawa & Hibino. (2011). Isl. Arc , 20(1), 23-34.
[3] 矢野ら. (2023). 日本地球惑星科学連合2023年大会
[4] Xu et al. (2019). Mar. Pet. Geol., 102, 402-425.
[5] 鈴木ら. (1994). 地質学雑誌, 100, 302-311
北谷層河川堆積物中の PAHs 組成は、岩相ごとに以下のような特徴が見られた。氾濫原のシルト・泥質岩では4環以上のHMW PAHsの割合が他の岩相と比べて高い傾向が見られた。一方で、脊椎動物化石や植物化石が多産し、異地性の土壌性炭酸塩ノジュールを礫として含む淘汰の悪い岩相であるボーンベッド1の岩相は、2環式のアルキルナフタレン類や1,7-ジメチルフェナントレン(1,7-DMP)を代表とする3環式のアルキルフェナントレン類に富む特徴的な組成を示した。1,7-DMP の卓越と植物化石のバイオマーカー分析の結果から、北谷層堆積物中のアルキルフェナントレン類は、主に裸子植物由来の有機物(ピマラン型骨格を持つジテルペノイド)に由来する続成生成物であると考えられる。一方で、コロネンを含むいくつかのHMW PAHs(フルオランテン、ベンゾ[b/k/j]フルオランテンとベンゾ[e]ピレン、ペリレン、インデノ[cd]ピレンとベンゾ[ghi]ペリレン)の量比は互いに正の相関を示し、典型的な続成起源PAHsと考えられる1,7-DMP等の低分子両PAHsとは逆相関した。これは、HMW PAHsが熱熟成の進行による続成起源のPAHs生成とは異なる供給過程を持つことを示唆する。ロックエバル分析によって得られた Tmax値は約 450–530 ℃ と変化が大きく、氾濫原のシルト・泥質岩で高い傾向が見られた。これらの試料は層厚数十メートルの範囲に由来することから、Tmax値の差異は埋没に伴う熱熟成の効果よりも、堆積場に供給された有機物組成の質の差異を反映すると考えられる。予察的なケロジェン観察の結果、氾濫原のシルト・泥質岩は、燃焼起源の炭質物を含むイナーチナイト等の不透明植物片に富む傾向がみられた。燃焼の影響をうけた有機物はHMW PAHs の供給源となる一方で、堆積時点において揮発性成分や易熱分解性の成分を失っており、非燃焼起源の有機物と比較して相対的に高いTmax値をもたらす要因となる。そのため、北谷層の堆積岩中に含まれる HMW PAHs の寄与やそれと反比例して続成起源PAHsの寄与を示すと考えられる指標(例:アルキルフェナントレン/フェナントレン類全体, 1,7-DMP/DMPsなど)の変動は、燃焼の影響をうけた有機物の寄与の差異を反映していると考えられる。本研究の結果は、北谷層堆積時の蛇行河川流域の氾濫原において、顕著な燃焼イベントが恒常的に生じていたことの更なる証拠を提示するとともに、オイル生成帯相当に熱熟成の進行した北谷層の堆積岩においても、詳細なPAHs組成の解析や他の証拠との組み合わせによって、HMW PAHsを燃焼起源有機物のトレーサーとして有効に利用できることを示している。
参考文献
[1] Brown et al. (2012). Cret. Res., 36, 162-190.
[2] Hasegawa & Hibino. (2011). Isl. Arc , 20(1), 23-34.
[3] 矢野ら. (2023). 日本地球惑星科学連合2023年大会
[4] Xu et al. (2019). Mar. Pet. Geol., 102, 402-425.
[5] 鈴木ら. (1994). 地質学雑誌, 100, 302-311
