17:15 〜 18:45
[BCG06-P05] 大酸化イベント以前における海洋微生物生態系鉛直構造と鉄-リン結合循環の役割
★招待講演
キーワード:大酸化イベント、Whiffs of oxygen、大気酸素、海洋微生物生態系
原生代初期(2.4-2.0 Ga)に生じた大酸化イベント (Great Oxidation Event, GOE) において,大気酸素濃度は不可逆的に上昇した.それ以前の海洋は基本的に還元的であり,溶存二価鉄に富んでいたとされている.しかし,GOEよりも数億年前にも,Whiff of oxygenと呼ばれる一時的な大気酸素濃度の増加イベントが生じていた可能性が示唆されている (Anbar et al., 2007; Planavsky et al., 2014).もしそうだとすれば,酸素発生型光合成の起源はGOEよりも数億年以上遡るものの,GOE以前は光合成による酸素発生が強く抑制されていたことが考えられる.酸素発生が抑制されていた原因の一つとして,鉄酸化物によるリン酸の吸着に伴い海洋中のリンが枯渇し,酸素発生型光合成生物の活動がリン制限を受けていた可能性が指摘されている (Bjerrum and Canfield, 2002).また,GOE以前の海洋においては酸素発生型光合成細菌と酸素非発生型光合成細菌とが鉛直方向に棲み分けていた可能性が高く,このことが酸素発生の抑制に関係していた可能性もある(Ozaki et al., 2019). Ozaki et al. (2019) は,鉛直一次元高解像度の生物海洋地球化学循環モデルを用いてこの可能性を示したが,鉄によるリンの吸着が海洋微生物生態系に与える影響については詳細に議論されておらず,鉄酸化物の吸着特性や鉄酸化物以外の鉄のシンク,例えば硫化鉄や鉄リン酸塩の形成が与える影響については十分に明らかになっていなかった.そこで本研究では,鉛直一次元高解像度海洋表層生物地球化学循環モデルを開発して,GOE以前の海洋表層(0-500m)における微生物生態系の挙動を調べ,酸素発生型光合成生物の活動の制限要因について検討した.
GOE以前の海洋環境における鉄酸化物によるリン酸の吸着除去の効果を明らかにするために,鉄酸化物粒子におけるFe/P比([Fe/P]sorption)とモデルの表層海洋下端(水深500m)の境界条件として与えた溶存Fe/P比([Fe/P]bottom)の二つのパラメータを系統的に変化させ,海洋微生物生態系の応答を調べた.その結果,生態系全体の一次生産量,特に酸素発生型光合成量は[Fe/P]sorptionと[Fe/P]bottomとの値の組み合わせに強く依存し, [Fe/P]sorption<[Fe/P]bottomの条件では酸素発生型光合成生物の活動が著しく抑制されることが示された.この特徴は,鉄酸化光合成細菌の存在する条件としない条件とで共通に見られた.鉄酸化光合成細菌と共存している場合には,酸素発生型光合成生物の活動が可能となるのは [Fe/P]sorption>[Fe/P]bottom に加えて[Fe/P]bottom≤~500 という条件が成立する場合のみであることも分かった.
これらの結果に基づくと,酸素発生を促進するような地球表層環境への変化には3つの場合が考えられる.それらは,(1)海洋におけるリン酸濃度の増加,(2)海洋における二価鉄濃度の減少,(3)鉄酸化物からのリン酸の効果的な放出,であり,いずれも太古代後期から初期原生代にかけて生じた可能性がある.(1)および(2)は[Fe/P]bottomの減少,(3)は [Fe/P]sorptionの増大にあたり,とくに[Fe/P]sorptionが[Fe/P]bottomを上回るときに酸素発生型光合成は急激に増加する.これがGOEおよびそれ以前の酸素濃度の増加につながった可能性がある.また(3)は,海洋における硫酸濃度の上昇によって促進された可能性がある.GOE前後には硫酸の増加に伴って硫化鉄形成が増加したことが示唆されているが (Heard et al., 2020),このことは鉄酸化物によるリン除去の影響を弱め,酸素発生型光合成に有利に働く.さらに,酸素濃度の増加によって大陸地殻中の硫化鉄の酸化的風化速度が上昇し,硫酸濃度がさらに上昇するという正のフィードバックとしての働きがあったことも考えられる.
参考文献
Anbar et al. (2007) Science 317, 1903–1906.
Bjerrum & Canfield (2002) Nature 417, 159–162.
Heard et al. (2020) Science 370, 446–449.
Ozaki et al. (2019) Nat. Commun. 10, 3026.
Planavsky et al. (2014) Nature Geosci. 7, 283–286.
GOE以前の海洋環境における鉄酸化物によるリン酸の吸着除去の効果を明らかにするために,鉄酸化物粒子におけるFe/P比([Fe/P]sorption)とモデルの表層海洋下端(水深500m)の境界条件として与えた溶存Fe/P比([Fe/P]bottom)の二つのパラメータを系統的に変化させ,海洋微生物生態系の応答を調べた.その結果,生態系全体の一次生産量,特に酸素発生型光合成量は[Fe/P]sorptionと[Fe/P]bottomとの値の組み合わせに強く依存し, [Fe/P]sorption<[Fe/P]bottomの条件では酸素発生型光合成生物の活動が著しく抑制されることが示された.この特徴は,鉄酸化光合成細菌の存在する条件としない条件とで共通に見られた.鉄酸化光合成細菌と共存している場合には,酸素発生型光合成生物の活動が可能となるのは [Fe/P]sorption>[Fe/P]bottom に加えて[Fe/P]bottom≤~500 という条件が成立する場合のみであることも分かった.
これらの結果に基づくと,酸素発生を促進するような地球表層環境への変化には3つの場合が考えられる.それらは,(1)海洋におけるリン酸濃度の増加,(2)海洋における二価鉄濃度の減少,(3)鉄酸化物からのリン酸の効果的な放出,であり,いずれも太古代後期から初期原生代にかけて生じた可能性がある.(1)および(2)は[Fe/P]bottomの減少,(3)は [Fe/P]sorptionの増大にあたり,とくに[Fe/P]sorptionが[Fe/P]bottomを上回るときに酸素発生型光合成は急激に増加する.これがGOEおよびそれ以前の酸素濃度の増加につながった可能性がある.また(3)は,海洋における硫酸濃度の上昇によって促進された可能性がある.GOE前後には硫酸の増加に伴って硫化鉄形成が増加したことが示唆されているが (Heard et al., 2020),このことは鉄酸化物によるリン除去の影響を弱め,酸素発生型光合成に有利に働く.さらに,酸素濃度の増加によって大陸地殻中の硫化鉄の酸化的風化速度が上昇し,硫酸濃度がさらに上昇するという正のフィードバックとしての働きがあったことも考えられる.
参考文献
Anbar et al. (2007) Science 317, 1903–1906.
Bjerrum & Canfield (2002) Nature 417, 159–162.
Heard et al. (2020) Science 370, 446–449.
Ozaki et al. (2019) Nat. Commun. 10, 3026.
Planavsky et al. (2014) Nature Geosci. 7, 283–286.
