日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 B (地球生命科学) » B-PT 古生物学・古生態学

[B-PT03] 地球生命史

2024年5月30日(木) 17:15 〜 18:45 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 6ホール)

コンビーナ:本山 功(山形大学理学部)、生形 貴男(京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻)、守屋 和佳(早稲田大学 教育・総合科学学術院 地球科学専修)

17:15 〜 18:45

[BPT03-P04] 肋骨化石の保存状態から推定されるアキシマクジラの化石化過程(予察)

*尾﨑 薫1、森田 直樹2中島 保寿2ジェンキンズ ロバート3、樽 創4、木村 敏之5 (1.昭島市郷土資料室、2.東京都市大学理工学部自然科学科、3.金沢大学理工学域地球社会基盤学類、4.神奈川県立生命の星・地球博物館、5.群馬県立自然史博物館)

キーワード:鯨類化石、鯨骨群集、上総層群、更新世、多摩川、東京都

アキシマクジラ(Eschrichtius akishimaensis Kimura et al., 2018)は,1961年(昭和36年)に昭島市内の多摩川河床に分布する下部更新統上総層群小宮層から産出したコククジラ属の絶滅種である.発見されたアキシマクジラのホロタイプ(GMNH-PV3210)は,全身の9割近くの骨格が化石として保存されており,現在では1属1種の現生種のみが生息するコククジラ類の進化過程を考察する上で非常に貴重な標本である.
この標本は,ほぼ全身の骨格が保存されていることから,海底に沈んだ鯨類の遺骸を中心に定着する「鯨骨生物群集」(例えば,Smith, 1989; Smith, 1992; 藤原,2002; 藤原・河戸,2010; Smith et al., 2015)の定着および変遷を議論する上でも重要な標本である.先行研究において,フジツボ化石の付着痕の記載やアキシマクジラの遺骸から共産したサメ類化石との間に捕食―被食関係があったことを示唆する考察がなされているが(高桒ほか2021),ミクロスケールの観点で化石として残された骨組織の保存状態に関する情報は充足していない.
本研究では,アキシマクジラのホロタイプ同一個体標本(LMA-F7-3)から薄片(LMA-FT-1a)を作成し,断面部の骨組織の形態と保存状態,微小穿孔痕の有無について記載をすすめ,アキシマクジラの化石化過程を予察的に議論する.
薄片制作に用いたLMA-F7-3は,ホロタイプ標本の左第9肋骨化石(LR-9)の中央部付近の部位に相当し,遠位側の発見部位(LR-9-2)と断面同士がつながることが確認された.薄片は偏光板を用いて薄片全体をスキャンした画像,実体顕微鏡,偏光顕微鏡を用いて断面部全体を観察した.
観察の結果,肋骨化石の表面は一部欠損がみられるが,表面部の緻密骨周辺に管状の微小穿孔痕が多数みられ,口径約4-5µmで分岐せずに直線または僅かに曲がった形態を成している.微小穿孔痕は,肋骨の後方・内側に集中してみられ,穿孔痕が密集した箇所には炭酸塩鉱物の晶出も一部でみられた.これらの形態および産状は,”Wedl tunneling”と呼称され(e. g., Davis, 1997; Turner-walker, 2008; Jans, 2008; Danise et al., 2012),シアノバクテリア等の活動によって形成された微小穿孔痕と推定される.
これらの結果から,この個体は以下のような化石化過程が推定される.1.アキシマクジラの遺骸は,下部外浜付近の浅瀬に沈み,堆積物に一部埋もれる.2.少なくとも一部の骨が直接海水に晒されていた時期が存在し,骨の表面にバクテリアマットの定着が示唆されること.3.甲殻類や多毛類等のマクロサイズの底生生物群が本格的に定着する前に,海底に沈降してから約半年から2年ほどの時期にアキシマクジラの遺骸が堆積物に完全に埋もれる.
今後,薄片はSEM-EDS,ラマン分光法等を用いた観察を行うことで,微小穿孔痕周辺に晶出した鉱物の組成を詳しく調べることに加えて,アキシマクジラの各部位の骨化石をマイクロX線CTスキャンなどの観察によって,微小穿孔痕の形態を3次元的にみることで,骨化石に定着した微生物相の分類について調査を行う.

所蔵機関の略号―GMNH:群馬県立自然史博物館,LMA:昭島市郷土資料室