日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT16] 環境トレーサビリティ手法の開発と適用

2024年5月29日(水) 09:00 〜 10:15 105 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、SHIN Ki-Cheol(総合地球環境学研究所)、谷水 雅治(関西学院大学)、座長:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)

09:30 〜 09:45

[HTT16-08] スルメイカ平衡石の酸素同位体分析と微量元素濃度分析の複合解析による地球化学トレーサーの高度化

*鈴村 明政1浅沼 尚1、久野 光一朗1石村 豊穂1 (1.京都大学大学院人間・環境学研究科)

キーワード:微量元素、酸素同位体、スルメイカ、高感度安定同位体質量分析計、レーザーアブレーション誘導結合プラズマ質量分析計

生物起源炭酸塩の酸素同位体(δ18O)/微量元素組成は生体環境および生態情報を復元するための代表的な地球化学トレーサーといえる。例えば、水産学分野に視点を向けると、頭足類の平衡石や魚類の耳石などが研究対象となる。これらは個体成長とともに炭酸塩が付加成長するため、化学情報の違いとして個体が経験したであろう全生活史を時系列に沿って保持している(e.g., Campana 1999)。なかでも、δ18Oは水–炭酸塩間の同位体分別係数は多様の生物源炭酸塩で報告されており(e.g., Grossman and Ku 1986)、頭足類・魚類の経験水温を知るための定量性の高い指標とされてきた。この他の水温指標としては、生物起源炭酸塩中の微量元素濃度(Mg, Sr, Ba)が挙げられる。これらは分析の簡便性および空間分解能の高さからδ18O分析とは独立に経験水温推定に適用されてきたものの、平衡石や耳石などでは生物学的効果や環境濃度による影響が大きいという報告もある(Hussy et al. 2022)。そのため、酸素同位体値の変化に記録される温度変化を微量元素濃度変化とを直接比較することで、微量元素濃度の温度指標としての有用性が評価できると期待される。しかし、数十µmという微量元素濃度分析のスケールと同等の高空間分解能で、平衡石や耳石の酸素同位体分析を組み合わせた研究はない。
 京都大学人間・環境学研究科の安定同位体質量分析計(MICAL3c + IsoPrime)は、従来の1/100の重量での高感度酸素同位体分析が可能であり、同研究科のLA-ICP質量分析計(Raijin α + Agilent 8900)と組み合わせることで、同程度の高空間分解能でδ18Oと微量元素組成の比較が可能である。そこで、本研究では、スルメイカの同一個体中から採取した一対の平衡石について、核から縁辺部にかけて高感度δ18O分析(久野ほか2023)および微量元素組成(Mg, Ca, Sr, Ba)濃度分析を行った。サンプルは2022年6、8、11月に北海道椴法華(津軽海峡付近)で漁獲されたスルメイカ2個体ずつを用いた。本講演では、平衡石の微量元素濃度が水温指標となりえるのかどうかについての検証結果および回遊海域推定のための微量元素の新たな活用法の可能性について紹介する。
 6月漁獲個体は、核から縁辺にかけて一定のδ18O値を示した(δ18O = +0.3 ± 0.3‰, 1σ)。8月漁獲個体のδ18Oは核付近(+0.4‰)から成長とともに一端上昇(+1.4‰~+1.7‰)した後、縁辺(+0.4‰)に向かって下降した。11月漁獲個体のδ18Oは、核(−1.1‰)から縁辺部(−0.1‰)にかけて単調増加した。これらのδ18Oパターンから、それぞれ漁獲月の個体は異なる経験水温履歴を持つことがわかる。微量元素濃度(Mg, Sr, Ba)については、どの濃度パターンもそれぞれ漁獲月に依らず、核から縁辺部に向かって減少傾向を示した。このような傾向は経験水温指標であるδ18Oパターンと相関を示さないことから、少なくともスルメイカの平衡石の微量元素濃度そのものは、すべて直接的な水温指標とはならないことを示唆する。微量元素比に着目した場合、Sr/MgやBa/Mgはδ18Oと弱い相関を示すため、温度による元素分配比の変動を反映しているものだと考えられる。このような微量元素比に着目した水温指標は、サンゴではLi/MgやSr-Uの有用性が報告されている(Ross et al. 2019)。しかし、スルメイカ平衡石に関しては、微量元素比の大小がδ18O値の大小と一致しておらず、Sr/MgやBa/Mgを定量的な温度指標として利用することは困難だと結論付けられる。
一方で、Sr/Baは個体が経験した海域を識別する指標となる可能性が見いだされた。平衡石の酸素同位体分析による経験水温履歴では、海洋の東西方向に等温領域が広がるため、経度方向の回遊海域の推定が難しい。SrとBaは、Caと化学的挙動が似ており、生物鉱化時には無機及び有機錯体を経由して結晶格子中のCaのサイトに取り込まれる。そのため、平衡石のSr/Baは、経度方向の海域ごとのSr/Baのバリエーションを反映していると考えられる。今後、より多くの個体分析を進めていくことで、Sr/Baを用いた海域識別指標の確立を目指す。