日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS12] 古気候・古海洋変動

2024年5月30日(木) 10:45 〜 12:00 国際会議室 (IC) (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:山崎 敦子(名古屋大学大学院環境学研究科)、岡崎 裕典(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)、長谷川 精(高知大学理工学部)、小長谷 貴志(東京大学大気海洋研究所)、座長:岡崎 裕典(九州大学大学院理学研究院地球惑星科学部門)

11:45 〜 12:00

[MIS12-20] 水月湖の花粉化石酸素同位体比に見られるオービタルスケール変動

*山田 圭太郎1、大森 貴之2北場 育子1朝日 博史3中川 毅1 (1.立命館大学古気候学研究センター、2.東京大学総合研究博物館、3.福井県立里山里海湖研究所)

キーワード:酸素同位体比、花粉化石、水月湖、フローサイトメトリー、セルソーター

気候システムを理解し,正確な将来予測につなげるためには,過去の気候変動における氷床,海洋,陸上の相互作用を総合的に解明していく必要がある(e.g. Lowe et al., 2008)。これまで陸上の古気候変動は、花粉化石の組成や炭酸塩の安定同位体比などに基づいて復元が行われてきた(e.g. Wang et al., 2008; Turney and Jones, 2010)。特に花粉化石は、後背地の地質の制約を受けにくく、また過去の植生などの多元的な情報が得られることから、古くから古気候復元に活用されてきた。
 花粉化石は、主にスポロポレニンから構成されている。スポロポレニンは約60%が炭素、約20%が酸素、約10%が水素で構成される。スポロポレニンは堅牢な天然のポリマーで、環境によっては数億年も保存されることが知られている(Brooks et al., 1971)。このような特徴は、放射性炭素年代測定や安定同位体比測定を行うための試料として花粉化石が適していることを意味している。Loader and Hemming (2004)は、ヨーロッパの現生花粉の安定同位体比と観測記録との関係から、花粉化石の酸素・水素・炭素の安定同位体比を使うことで、気候に対する植生の応答時間の問題を回避しつつ、過去の気候を復元できる可能性を示した。しかし、花粉化石を高純度に抽出することは難しく、花粉化石の安定同位体比を使った古気候復元は実現していなかった。
 近年、セルソーターの登場によって、堆積物から花粉化石を取り出す技術は大きく発展した(Tennant et al., 2013)。セルソーターとはフローサイトメリー技術を使って、溶媒中の粒子の蛍光や前方散乱強度、後方散乱強度などに基づいて粒子を識別し、特定の粒子のみを抽出する装置である。Yamada et al. (2021)はこの方法をさらに改良し、堆積物から花粉化石を高純度かつ安定的に取り出す技術を確立した。
 本研究では、福井県水月湖の年縞堆積物から、本技術を使って花粉化石を抽出するとともに、花粉化石の酸素安定同対比を測定し、過去の気候変動を復元することを試みた。花粉化石は、試料からそれぞれ50-200万粒程度抽出し、洗浄後に安定同位体比を測定した。安定同位体比の測定には立命館大学古気候学研究センターが所有するElementar社製の熱分解型安定同位体比質量分析計(EA-IRMS)を使用した。
 セルソーターに導入できる粒子サイズの制約上、抽出された花粉化石は、50μm以下で、スギ属やヒノキ科、ハンノキ属など複数の分類群から構成される。本研究で得られた花粉化石の酸素同位体比は、15-30‰の範囲で変動を示した。特に、4-12万年の試料から得られた花粉石化の酸素同位体比には、約2万年周期の明瞭な周期的変動が認められた。この花粉化石の周期的な変動は、北緯35度の夏の日射量の変動(Laskar et al., 2004)や、Sanbao洞の鍾乳石の酸素同位体比の変動(Wang et al., 2008)と同期的傾向を示した。また、本研究と並行して行った現生花粉の安定同位体比分析からは、現生花粉の酸素同位体比と、夏の気温や降水量との間に相関が認められた。
 これらの結果から、まだデータ点数が少ないため予察的ではあるが、花粉化石の酸素同位体比の変動には、気候が大きく影響していると考えられる。すなわち花粉化石の酸素同位体比を分析することで、少なくともオービタルスケールの気候変動は復元できる。花粉化石の安定同位体比は、人為的な植生改変の影響を受けにくく、過去の陸域の気候をよりロバストに復元できる可能性がある。また、酸素同位体比変動に基づく年代決定や、海域や極域の古気候記録との対比に応用できる可能性がある。