日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS14] 生物地球化学

2024年5月30日(木) 17:15 〜 18:45 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 6ホール)

コンビーナ:福島 慶太郎(福島大学農学群食農学類)、木庭 啓介(京都大学生態学研究センター)、山下 洋平(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)、大河内 直彦(海洋研究開発機構)

17:15 〜 18:45

[MIS14-P08] アミノ酸の安定窒素同位体比から嫌気代謝を評価する

*滝沢 侑子1、力石 嘉人1,2 (1.北海道大学 低温科学研究所、2.海洋研究開発機構)

キーワード:同位体分別係数、脱アミノ化、窒素

生体分子中有機化合物の安定同位体比(δ,例えば15N/14Nなど)は,一般的に,生合成時における「基質のδ」と,その物理化学・生化学的な反応過程における「同位体分別(ε)」を記録している。これらの特徴に基づき,有機化合物の安定同位体比は,研究対象とする化合物が「何を起源に」「どのプロセスで」「どの程度作られたか」を知るためのツールとして,様々な分野で広く用いられている。特にこの10年間では,生体試料・環境試料中のアミノ酸の安定窒素同位体比(δ15NAA)に基づいて,生物内・生態系・環境における物質循環を理解するための手法として広く用いられている。この方法論は,アミノ酸が生体内で代謝(脱アミノ化)した際に生じるεが,原核生物・アーキア・真核生物の間でおおよそ同じ大きさで普遍的に観察されるという事実によって担保されている。その一方で,その「普遍性」が観測されないケースも報告されており,この原因については,ほとんどわかっていない。
そこで本研究では,その原因を理解するためのひとつの仮説として「嫌気的な代謝プロセスの寄与」を設定し,生物にとって代表的な嫌気代謝である「発酵」が卓越する実験系を構築した。発酵させる前の試料(基質)と,十分に発酵が進行した後の試料(基質+ε)を採取し,ガスクロマトグラフ−同位体比質量分析計を用いて,アミノ酸の窒素同位体比(δ15NAA値)を測定した。その結果,グルタミン酸およびフェニルアラニンのδ15NAA値は,実験の前後で有意な変化が得られないのに対して,アラニンのδ15NAA値は,実験前と比べて有意に大きいことがわかった。これらの発見は,以下の3つの視点から説明可能であり,当初の「普遍性が観測されない理由の1つの要因は,嫌気的な代謝プロセスの寄与によって説明される」という仮説を十分に支持した。(1)そもそも生体内で脱アミノ化をほとんどしないフェニルアラニンのδ15NAA値は変化しない;(2)貧酸素環境(嫌気代謝が優勢)の中で,一般的な好気代謝である「TCAサイクル」は駆動しにくいため,その好気代謝に関わるグルタミン酸のδ15NAA値はほとんど変化しない;(3)一般的な嫌気代謝である「解糖」や「発酵」は,貧酸素環境(嫌気代謝が優勢)においても駆動するため,その代謝に関わるアラニンのδ15NAA値が顕著に変化する。
これらの事実を経た上で,次のステップとして「アラニンの脱アミノ化に伴う窒素同位体分別」を評価するべく「酵素による脱アミノ化」を実験室内で再現し,レイリーモデルを用いて同位体分別係数(α)を求めた。本研究の成果は,アラニンのαとグルタミン酸のαとから,対象とする生物や環境において「好気代謝と嫌気代謝との双方の寄与率が大きいか」を定量的に議論できる可能性があることを示唆している。