日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-ZZ その他

[M-ZZ45] 地球化学の最前線:その魅力や将来の展望を語り合う

2024年5月30日(木) 10:45 〜 12:00 304 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:高橋 嘉夫(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻)、飯塚 毅(東京大学)、坂口 綾(筑波大学数理物質系)、服部 祥平(南京大学)、座長:飯塚 毅(東京大学)、高橋 嘉夫(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻)

11:45 〜 12:00

[MZZ45-04] H2-H2O 混合ガス中フォルステライト蒸発の速度論的研究

*稲田 栞里1橘 省吾1 (1.東京大学)

キーワード:蒸発、速度論、実験、原始惑星系円盤

背景:
原始惑星系円盤における惑星材料物質の蒸発は,揮発性に依存した元素分別を引き起こし,惑星組成の化学的多様化に寄与する.この化学過程のキネティクスを理解するため,初期太陽系の代表的ケイ酸塩鉱物であるフォルステライト(Mg2SiO4)は,重要な研究対象とされてきた.先行研究では,低圧H2ガス中でのフォルステライトの蒸発速度が,H2分圧に対して1/2次で増加することが実験的に示された [1,2].このことは,H2を主成分とする円盤ガスが,惑星物質の蒸発速度に影響を及ぼすことを示唆する.H2Oも,スノーライン内側で10−4-10−3以上 [3] の割合で存在する主要な気相種の一つであり,H2との比がフォルステライトの熱力学的安定性を左右することから,蒸発速度にも影響を与える可能性がある.Tsuchiyama et al. [4] は,この効果を理論的に評価し,一定以上のH2・H2O分圧のもとで,フォルステライト蒸発速度がこれらの分圧比(PH2/PH2O)に比例すると予測した.彼らが用いたHertz-Knudsen式は,平衡での詳細釣り合いを根拠に蒸発速度を平衡蒸気圧と結びつける理論であり,蒸発速度が熱力学的に計算される.一方で,原始惑星系円盤での蒸発やそれを模擬する実験は非平衡プロセスであり,熱力学平衡に基づく理論で記述できる保証はない.加えて,H2Oが蒸発に影響を及ぼす場合にそのメカニズムを明らかにするためには,実験的速度論データが不可欠である.そこで本研究では,H2-H2O混合ガス中でのフォルステライトの蒸発速度を実験的に調べることを目的とする.また,条件(温度,ガス組成)への依存性を評価することにより,反応メカニズムを議論する.

手法:
フォルステライト単結晶試料を1350-1600 Kで3-48時間加熱し,加熱前後の重量変化から蒸発量を調べた.試料の加熱中,反応チェンバーを排気しながら一定の流速でH2-H2O混合ガスを導入することにより,全圧を1 Paに維持した.H2-H2O混合ガスは,H2ガス供給ラインを液体の水の直上を通過させることにより生成した.実験中のガス組成は,四重極質量分析(QMS)を用いて測定した(PH2/PH2O~150-200).

結果・議論:
各実験条件における試料重量減少率は,加熱時間に対して一定であった.H2-H2O混合ガス(PH2/PH2O ~150-200)中での蒸発速度(単位時間・面積あたりの蒸発量)は,純粋なH2ガス中での蒸発速度と比較して,1350 Kでは ~1/10,1450 Kと1600 Kでは ~1/2に減少した.また,1350 Kにおいて,蒸発速度とH2O分圧は負の相関を示した.これらの結果は,H2Oが濃集した原始惑星系円盤条件(太陽系平均組成の約10倍)において,フォルステライトの蒸発が抑制されることを示す.
純粋なH2ガス中での蒸発速度は,直線的なアレニウスの関係を示し,活性化エネルギーとして345 ± 34 kJ mol−1が得られた.この値は先行研究とも整合的である [1].一方,H2-H2O混合ガス中蒸発速度のアレニウスプロットは,単一の直線関係に従わず,高温で傾きの減少が見られた.≤1450 KでのH2-H2O中蒸発(PH2/PH2O ~190)の活性化エネルギーとして得られた497 ± 51kJ mol−1は,本実験や先行研究でのH2中蒸発の活性化エネルギーと比較して~150 kJ mol−1大きい値となった.これらの結果をメカニズムの観点から議論するため,遷移状態理論に基づく統計的蒸発速度理論 [5] を用いて解釈をおこなったところ,フォルステライトのH2中蒸発には活性化障壁があり,それが主にフォルステライトからのH2O分子の生成に起因することが示唆された.

[1] Tsuchiyama et al. (1998) Mineral. J. 20, 113. [2] Takigawa et al. (2009) ApJ 97, L97. [3] Booth et al. (2017) MNRAS 469, 3994. [4] Tsuchiyama et al. (1999) GCA 63, 2451. [5] Inada et al. JCP, under review.