日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-ZZ その他

[M-ZZ45] 地球化学の最前線:その魅力や将来の展望を語り合う

2024年5月30日(木) 17:15 〜 18:45 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 6ホール)

コンビーナ:高橋 嘉夫(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻)、飯塚 毅(東京大学)、坂口 綾(筑波大学数理物質系)、服部 祥平(南京大学)

17:15 〜 18:45

[MZZ45-P03] 放射光X線顕微鏡を用いたリュウグウ母天体の水環境復元

*河合 敬宏1福士 圭介2高橋 嘉夫1 (1.東京大学大学院、2.金沢大学)

キーワード:リュウグウ、小惑星、XANES

はやぶさ2リターンサンプルや、リュウグウと似た母天体を由来とする炭素質コンドライト隕石からは、多種多様な有機物が見つかっている。炭素質コンドライト隕石は、後期重爆撃期において地球に多く飛来したと考えられており、こういった隕石に含まれていた有機物が生命の素になったと考える研究者も多い。よって、炭素質コンドライト隕石の母天体において、どのような化学反応が起こっているのかは、地球生命がどのようにしてできたのか、また生命の存在しうるハビタブルゾーンはどのような条件なのかを解き明かすために重要な問題となっている。
蛇紋岩化反応など、炭素質コンドライト隕石の母天体で起こる水質変成は還元的な環境下で進行したと考えられている。こういった環境下で生成した物質は、酸化されやすい性質をもつものが多く、地球大気による酸化は致命的な問題となる。はやぶさ2のサンプルリターンミッション以前には、炭素質コンドライト隕石の母天体に関する情報は、地球に飛来する隕石の分析結果から推定されていた。しかし、これら隕石は落下の際に地球大気中の酸素による酸化を受けてしまうため、実際の化学組成を示しているかどうかは判断ができなかった。特に炭素質コンドライト隕石のマトリクスの主成分であるサポナイトは、酸素によって非常に酸化されやすい還元的な物質であり、隕石サンプルにおいては酸化による変質が進んでいる。一方で、リュウグウからのリターンサンプルは、地球大気にほとんど触れることなく回収されている。よって、このサンプルを分析することで、リュウグウ母天体の還元的環境下で、水質変成がどのように進行したかを調べることができる。
水質変成の際には、周囲の鉱物から水中に様々な物質が溶解する。溶存種は水中で様々な化学反応を起こし、その結果スメクタイト(サポナイト)や蛇紋石などの層状ケイ酸塩がリュウグウの主要な鉱物となっている。(Nakamura et al. 2022; Yokoyama et al. 2022) 水のEh-pHは、水中の化学反応の結果に大きな影響を及ぼすが、リュウグウの水について、これらを定量的に調べた研究は少ない。これは、リュウグウ試料は現在乾燥しているため、当時の水を直接得ることができないためである。リュウグウ試料に水を加え、溶出物を調べることで水環境を推定しようとする試みもあるが、(Yoshimura et al. 2023) 試料中の鉱物や溶出物が、加える水の影響を強く受けてしまい、実際のリュウグウの水とは異なる水環境となってしまうという問題がある。よって、変成当時の水環境を復元するためには、リュウグウ試料の各元素がどのような化学種として、どの程度の量存在しているのかを分析し、その化学種の生成条件を考慮した化学計算を行う必要がある。サポナイトの層状ケイ酸塩の層間は負に帯電しており、水中の陽イオンを吸着する性質を持つ。この際、それぞれの陽イオンの吸着比は溶存イオンの濃度比に依存する。この関係を用いると、リュウグウの層状ケイ酸塩層間に吸着している陽イオン比を調べることで、水質変成の最後の段階におけるリュウグウの水の溶存イオンについて明らかにすることができる。
我々は、放射光ビームラインの高輝度X線を用いたX線分光法を用いて、リュウグウ試料のバルクXANESを測定することで、試料中の各元素がどのような化学形態で存在しているのか分析した。また、リュウグウ試料をEpofix樹脂に包埋しフィルム研磨した試料について、SEM-EPMA分析を行うことで、リュウグウの層状ケイ酸塩層間の陽イオン組成を推定した。得られた結果と先行研究をもとに、リュウグウの層状ケイ酸塩と共存していた水の各種溶存イオン濃度について、The Geochemist’s Workbenchの化学計算アプリケーションであるSpecE8を用いて計算を行うことで、リュウグウの水環境、特にEh, pHについて推定した。
その結果、リュウグウの水のpHは10~11程度、Ehは-0.7~-0.9 Vと推定され、強塩基性かつ非常に還元的であったことが示された。この条件は水の存在条件よりも還元的であり、リュウグウ母天体では水質変成に伴い水素が発生していた可能性がある。