17:15 〜 18:45
[MZZ45-P07] 遷移状態理論を用いた分解性調和蒸発速度の導出
キーワード:蒸発、速度論、遷移状態理論
背景:
鉱物を含む多くの非遷移金属酸化物や13-15族化合物は,化学量論的組成を維持したまま複数の分子に分解して蒸発(昇華)することが知られている [1,2].このような分解性調和蒸発は,実験的に得られた真空条件での活性化エネルギーが,組成式あたりの反応エンタルピーよりも小さいという共通の特徴を有する.先行研究では,分解性調和蒸発速度を取り扱う理論として,Hertz-Knudsen式が広く用いられてきた.この理論では,詳細釣り合いの考え方に基づき,最大凝縮速度に相当する平衡蒸気圧の気体の表面衝突フラックスで理想的蒸発速度が表現される.これを用いて熱力学データから予測される蒸発速度は,多くの場合,実験と概ねよい一致を示す(ケイ酸塩や酸化物鉱物の場合,実験値は理論値の1/10−1/100程度).しかし,Hertz-Knudsen式は本来,平衡条件での蒸発速度を表す式であり,非平衡で進行する真空蒸発の実験的速度データの解釈には不十分である.本研究では,非平衡での分解性調和蒸発速度を遷移状態理論に基づいて導出し,それをMgO固体の蒸発に適用することにより,反応ダイナミクスを議論する [3].
理論:
分解性調和蒸発を,凝縮相から気体分子が生成される素反応と考えることにより,遷移状態理論を適用した.この場合の遷移状態は,反応物が複数の生成物へ分解する反応経路の途上に位置する.遷移状態における反応座標を凝縮相表面と蒸発分子との距離とし,遷移状態にある分子が反応座標と直交する並進自由度を持つと考えると,反応物と生成物の分割面に相当する二次元領域において,非局在粒子としての統計的取り扱いが可能となる.また,遷移状態理論の基礎的仮定である不回帰仮定からの帰結として,非平衡条件で正方向に進行する遷移状態の濃度が反応物との平衡論で計算できるとする準平衡仮説を用いることができる [4].これらの設定のもとで,分解性調和蒸発の絶対反応速度を反応物と遷移状態の統計的性質を用いて表す式が得られた.
結果・議論:
導出した絶対反応速度式の温度依存性から,分解性調和蒸発の活性化エネルギーが,遷移状態における分子1個あたりのエネルギーに相当することが示された.この結果は,反応障壁における分解の進行度が,活性化エネルギーに強く反映されることを意味する.この式を用いて計算したMgO固体の蒸発(MgO (s) → Mg (g) + O (g) [1,5])速度を実験値と比較することにより,分解がほぼ完了した生成物に近い配置に活性化障壁が存在する(後期障壁型)ことが示唆された (Fig. 1).また,Hertz-Knudsen式を統計力学的に定式化し,本研究の理論と比較をおこなった.その結果,遷移状態から平衡生成物への安定化に伴って減少する分子数1個あたりのエネルギー変化が反応の活性化エネルギーと同程度である場合に,Hertz-Knudsen式が実験とよく一致することが示され,MgO固体の蒸発がその条件を満たすことがわかった.本理論は,分解性調和蒸発を非平衡過程として記述することにより,反応ダイナミクスの観点から実験的速度データの解釈が可能である点において,従来のHertz-Knudsen式よりも有効であるといえる.
[1] Hashimoto (1990) Nature 347, 53. [2] Goldstein et al. (1976) Surf. Sci. 57, 733. [3] Inada et al. JCP, under review. [4] Steinfeld et al. (1989) Chemical Kinetics and Dynamics. [5] Wu et al. (1991) CPL 182, 472.
鉱物を含む多くの非遷移金属酸化物や13-15族化合物は,化学量論的組成を維持したまま複数の分子に分解して蒸発(昇華)することが知られている [1,2].このような分解性調和蒸発は,実験的に得られた真空条件での活性化エネルギーが,組成式あたりの反応エンタルピーよりも小さいという共通の特徴を有する.先行研究では,分解性調和蒸発速度を取り扱う理論として,Hertz-Knudsen式が広く用いられてきた.この理論では,詳細釣り合いの考え方に基づき,最大凝縮速度に相当する平衡蒸気圧の気体の表面衝突フラックスで理想的蒸発速度が表現される.これを用いて熱力学データから予測される蒸発速度は,多くの場合,実験と概ねよい一致を示す(ケイ酸塩や酸化物鉱物の場合,実験値は理論値の1/10−1/100程度).しかし,Hertz-Knudsen式は本来,平衡条件での蒸発速度を表す式であり,非平衡で進行する真空蒸発の実験的速度データの解釈には不十分である.本研究では,非平衡での分解性調和蒸発速度を遷移状態理論に基づいて導出し,それをMgO固体の蒸発に適用することにより,反応ダイナミクスを議論する [3].
理論:
分解性調和蒸発を,凝縮相から気体分子が生成される素反応と考えることにより,遷移状態理論を適用した.この場合の遷移状態は,反応物が複数の生成物へ分解する反応経路の途上に位置する.遷移状態における反応座標を凝縮相表面と蒸発分子との距離とし,遷移状態にある分子が反応座標と直交する並進自由度を持つと考えると,反応物と生成物の分割面に相当する二次元領域において,非局在粒子としての統計的取り扱いが可能となる.また,遷移状態理論の基礎的仮定である不回帰仮定からの帰結として,非平衡条件で正方向に進行する遷移状態の濃度が反応物との平衡論で計算できるとする準平衡仮説を用いることができる [4].これらの設定のもとで,分解性調和蒸発の絶対反応速度を反応物と遷移状態の統計的性質を用いて表す式が得られた.
結果・議論:
導出した絶対反応速度式の温度依存性から,分解性調和蒸発の活性化エネルギーが,遷移状態における分子1個あたりのエネルギーに相当することが示された.この結果は,反応障壁における分解の進行度が,活性化エネルギーに強く反映されることを意味する.この式を用いて計算したMgO固体の蒸発(MgO (s) → Mg (g) + O (g) [1,5])速度を実験値と比較することにより,分解がほぼ完了した生成物に近い配置に活性化障壁が存在する(後期障壁型)ことが示唆された (Fig. 1).また,Hertz-Knudsen式を統計力学的に定式化し,本研究の理論と比較をおこなった.その結果,遷移状態から平衡生成物への安定化に伴って減少する分子数1個あたりのエネルギー変化が反応の活性化エネルギーと同程度である場合に,Hertz-Knudsen式が実験とよく一致することが示され,MgO固体の蒸発がその条件を満たすことがわかった.本理論は,分解性調和蒸発を非平衡過程として記述することにより,反応ダイナミクスの観点から実験的速度データの解釈が可能である点において,従来のHertz-Knudsen式よりも有効であるといえる.
[1] Hashimoto (1990) Nature 347, 53. [2] Goldstein et al. (1976) Surf. Sci. 57, 733. [3] Inada et al. JCP, under review. [4] Steinfeld et al. (1989) Chemical Kinetics and Dynamics. [5] Wu et al. (1991) CPL 182, 472.