日本地球惑星科学連合2024年大会

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[J] ポスター発表

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[M-ZZ46] ジオパークとサステナビリティ(ポスター)

2024年5月26日(日) 17:15 〜 18:45 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 6ホール)

コンビーナ:松原 典孝(兵庫県立大学大学院 地域資源マネジメント研究科)、郡山 鈴夏(フォッサマグナミュージアム)

17:15 〜 18:45

[MZZ46-P17] 山陰海岸ジオパークの綱引き行事が意味すること

*先山 徹1 (1.NPO法人地球年代学ネットワーク 地球史研究所)

キーワード:無形民俗文化財、藁蛇、地質災害、地すべり、土石流

山陰海岸ジオパークとその周辺の地域には,藁で作った綱引き行事が多く残され(油野,1984),そのいくつかは観光行事となっている.しかしジオパークの大地を語る中で,その存在や意義に触れられることは少ない。この発表では,これらの綱引き行事のうち伝説が残る山陰海岸ジオパーク内の二つの行事に焦点を当て,その地質的背景および災害との関係を述べる。

(1)和田の菖蒲綱引き
和田の菖蒲綱引きは兵庫県香美町和田において毎年6月に開催される行事で香美町の重要無形民俗文化財に指定されている.大蛇に似せた大綱を作り,神社に奉納したのちに村人総出で綱引きを行う.ここでは池に住む龍が人々を襲い村人を悩ませていた伝説がある.
 この地域は日本海形成初期の新第三紀中新世の地層からなり,その上流側には新第三紀鮮新世末~第四紀更新世初期の砕屑岩や火山砕屑岩が分布している.この地域は有数の地すべり地域でもある.現在の和田地区には伝承に相当する池が存在しないが,上流約4.5㎞の地点には柤大池が存在する.これは地すべり地塊の最上部と滑落崖の境界にできた湖で,そこから和田集落までは多くの地すべり地形が見られる.池に棲む龍が集落を襲う伝承は,この地域に多い地すべりの発生を想起させる.
(2)八朔のエンタ引き
「八朔のエンタ引き」は兵庫県豊岡市伊豆地区で不定期に開催される。最近では2017年9月に,その前は1997年に開催された.藁で作った大蛇の形をした綱をちぎれるまで引きあうものである.ここでは川の流れを妨げた大蛇の伝説がある。綱引き行事は神々が力を合わせて大蛇を引きちぎる伝説と呼応している.
豊岡盆地周辺の山地は新第三紀の火砕岩類と古第三紀花崗岩を主とする.それらは浸食されやすく広い谷底平野をつくるが,下流側の盆地出口には硬い玄武洞玄武岩が分布するために谷が狭くボトルネックとなっている.そのため盆地内には厚い土砂が堆積して湿地が形成され,豊岡盆地ではたびたび水害が起きていた.泥の海を開墾する神話はこの地域の成立ちの歴史と呼応するものである.
 残された伝説と地質的背景から,「和田の菖蒲綱引き」は地すべり,「八朔のエンタ引き」は豊岡盆地の洪水と治水の歴史と関係すると判断される。無形民俗文化財の多くには,地域の人たちが自然からの恵みや災害を受けながら培ってきた生き様や自然観が反映されている.この地域に見られる綱引き行事は地域で起こり得る災害を知り,防災を考える点からも意義があることである.現在のところこれらの行事はジオパークの文化遺産として認識されていない.また地すべりと関連して形成されたと考えられる柤大池はジオサイトとなっていない.今後,ジオパーク活動を展開していくうえで,地域の無形民俗文化財やそれにまつわる伝承を紐解くことは重要な位置を占めると考えられる.

文献
油野利博(1984)鳥取県・兵庫県北部の綱引き行事について.鳥取大学教育学部研究報告 人文・社会科学,第35巻,79‐90.