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[SCG41-P06] 地形層序から考えられる時代よりも遥かに古い時代に形成されていた可能性がある高位海成段丘:能登半島,七尾湾北部の事例
キーワード:隆起、海成段丘、前期更新世、クリプトテフラ、花粉、能登半島
MIS 5eに形成された海成段丘面(MIS 5e面)の高度から求めた最近約10万年の隆起速度は,より過去に遡っても同程度であったのか?この,いわゆる「地殻変動の一様継続性」の評価は,MIS 5e以降の隆起速度とMIS 5e面よりも高位に位置する高位海成段丘面の高度と形成時期から求めた隆起速度との比較によってなされる。では,最近の第四紀編年学的知見・手法を用いることで,どの時代の高位海成段丘面まで,その形成時期の制約は可能なのであろうか?我々は,このような問題意識のもとで高位海成段丘面を調査する機会を得た。調査の結果,対象とした高位段丘面が,地形層序から推定される時代よりも数十万年以上前に形成されていたことを示唆する興味深いデータが得られたので,その内容について報告する。
研究の事例対象地域としたのは,能登半島の七尾湾北部である。この地域には,太田・平川(1979)に示されたように海岸から標高400 m付近まで14段もの海成段丘の発達が認められる。おそらく高位海成段丘の発達・保存においては国内随一である。調査は,MIS 5eに対比されているM1面(小池・町田編, 2001)を1段目とすると,5段目に位置するH1面を対象として実施した。H1面は,海成侵食段丘面とされ,その地形層序的な位置からMIS 13に対比されている(小池・町田編, 2001)。以下に,H1面上の調査地点で実施した露頭・ピット調査,各種分析から得られた結果と考察を記す。
調査地点(標高105 m)では,下位より順に強風化した安山岩からなる基盤岩,層厚20~35 cmの中礫~大礫サイズの強風化した亜角礫~円礫を主体とする砂礫層とそこから漸移していく層厚15~25 cmのシルト混じり砂層,層厚約1.5 mのトラ斑が発達する赤色ローム層が認められた。本研究では,砂礫層と砂層を海成層,赤色ローム層を海成段丘の離水後に堆積した被覆層であると解釈した。そして,海成層と被覆層を対象に10 cm間隔で試料採取を行い,クリプトテフラ分析と花粉分析を実施した。火山ガラスは,海成層と被覆層共にほとんど含まれていなかったが,β石英は,被覆層に残されていた。β石英のうち,被覆層の最上部付近で検出されたもののガラス包有物の主成分化学組成は,八甲田第1期火砕流堆積物(Hkd1; 760 ka; Suzuki et al., 2005)のものとほぼ一致した。このことは,調査地点がHkd1の降下より前に離水していたことを示唆する。一方,花粉については海成層と被覆層共に残されていた。特筆すべきは,海成層と被覆層の上部において,新第三紀型植物の分類群であるメタセコイア属の花粉が認められた点にある。大阪湾周辺での花粉層序(本郷, 2009)を参照すると,メタセコイア属はMIS 19(790 ka)より前に絶滅している。これらの分析結果に基づくと,H1面の形成時期は,MIS 19よりも前の間氷期,おそらくはその一つ前の間氷期であるMIS 21頃であった可能性がある。
仮にH1面の形成時期が,MIS 21頃であったとするならば,H1面からM1面までの5つの海成段丘面の1段1段を,単純にMIS 21~5eまでの8回の間氷期の極相期に対応させることが出来なくなるため,各海成段丘面が,いつ・どのように形成されたのかという地形発達に関する問題が生じる。この問題の解決にあたっては,各海成段丘面(侵食面)の形成には,その段丘面付近に海面があった期間の累積値が効いてくるというMalatesta et al.(2022)が示した考えを参考にすべきなのかもしれない。しかし,いずれにせよこの問題の解決には,各海成段丘面の形成年代を制約する編年学的資料の取得が不可欠であろう。
謝辞:本報告は経済産業省資源エネルギー庁委託事業「令和2~3年度高レベル放射性廃棄物等の地層処分に関する技術開発事業(地質環境長期安定性評価技術高度化開発)」(JPJ007597)の成果の一部である。野外調査では,小形 学氏, 中西利典氏,後藤 翠氏, 中央開発(株)の皆様に協力いただいた。記して感謝します。
引用:本郷(2009)地質学雑誌, 115, 64-79. Malatesta et al. (2022) Geology, 50, 101-105. 小池・町田編 (2001) 「日本の海成段丘アトラス」, 東京大学出版会. 太田・平川(1979)地理学評論, 52, 1690189. Suzuki et al. (2005) The Island Arc, 14, 666-678.
研究の事例対象地域としたのは,能登半島の七尾湾北部である。この地域には,太田・平川(1979)に示されたように海岸から標高400 m付近まで14段もの海成段丘の発達が認められる。おそらく高位海成段丘の発達・保存においては国内随一である。調査は,MIS 5eに対比されているM1面(小池・町田編, 2001)を1段目とすると,5段目に位置するH1面を対象として実施した。H1面は,海成侵食段丘面とされ,その地形層序的な位置からMIS 13に対比されている(小池・町田編, 2001)。以下に,H1面上の調査地点で実施した露頭・ピット調査,各種分析から得られた結果と考察を記す。
調査地点(標高105 m)では,下位より順に強風化した安山岩からなる基盤岩,層厚20~35 cmの中礫~大礫サイズの強風化した亜角礫~円礫を主体とする砂礫層とそこから漸移していく層厚15~25 cmのシルト混じり砂層,層厚約1.5 mのトラ斑が発達する赤色ローム層が認められた。本研究では,砂礫層と砂層を海成層,赤色ローム層を海成段丘の離水後に堆積した被覆層であると解釈した。そして,海成層と被覆層を対象に10 cm間隔で試料採取を行い,クリプトテフラ分析と花粉分析を実施した。火山ガラスは,海成層と被覆層共にほとんど含まれていなかったが,β石英は,被覆層に残されていた。β石英のうち,被覆層の最上部付近で検出されたもののガラス包有物の主成分化学組成は,八甲田第1期火砕流堆積物(Hkd1; 760 ka; Suzuki et al., 2005)のものとほぼ一致した。このことは,調査地点がHkd1の降下より前に離水していたことを示唆する。一方,花粉については海成層と被覆層共に残されていた。特筆すべきは,海成層と被覆層の上部において,新第三紀型植物の分類群であるメタセコイア属の花粉が認められた点にある。大阪湾周辺での花粉層序(本郷, 2009)を参照すると,メタセコイア属はMIS 19(790 ka)より前に絶滅している。これらの分析結果に基づくと,H1面の形成時期は,MIS 19よりも前の間氷期,おそらくはその一つ前の間氷期であるMIS 21頃であった可能性がある。
仮にH1面の形成時期が,MIS 21頃であったとするならば,H1面からM1面までの5つの海成段丘面の1段1段を,単純にMIS 21~5eまでの8回の間氷期の極相期に対応させることが出来なくなるため,各海成段丘面が,いつ・どのように形成されたのかという地形発達に関する問題が生じる。この問題の解決にあたっては,各海成段丘面(侵食面)の形成には,その段丘面付近に海面があった期間の累積値が効いてくるというMalatesta et al.(2022)が示した考えを参考にすべきなのかもしれない。しかし,いずれにせよこの問題の解決には,各海成段丘面の形成年代を制約する編年学的資料の取得が不可欠であろう。
謝辞:本報告は経済産業省資源エネルギー庁委託事業「令和2~3年度高レベル放射性廃棄物等の地層処分に関する技術開発事業(地質環境長期安定性評価技術高度化開発)」(JPJ007597)の成果の一部である。野外調査では,小形 学氏, 中西利典氏,後藤 翠氏, 中央開発(株)の皆様に協力いただいた。記して感謝します。
引用:本郷(2009)地質学雑誌, 115, 64-79. Malatesta et al. (2022) Geology, 50, 101-105. 小池・町田編 (2001) 「日本の海成段丘アトラス」, 東京大学出版会. 太田・平川(1979)地理学評論, 52, 1690189. Suzuki et al. (2005) The Island Arc, 14, 666-678.