日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-SS 地震学

[S-SS07] 地震波伝播:理論と応用

2024年5月28日(火) 17:15 〜 18:45 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 6ホール)

コンビーナ:澤崎 郁(防災科学技術研究所)、竹尾 明子(東京大学地震研究所)、加藤 政史(株式会社地球科学総合研究所)、岡本 京祐(産業技術総合研究所)

17:15 〜 18:45

[SSS07-P16] S波スプリッティングを用いた山葵沢地域での亀裂特性の検出

*森本 光貴1吉光 奈奈1 (1.京都大学)

キーワード:S波スプリッティング、地熱発電

はじめに
地震波のS波が亀裂等を含む異方性媒質を通過する際に,速い振動方向と遅い振動方向に分離するS波スプリッティングという現象が知られている.この手法を地熱開発現場における熱水のたまった領域(地熱貯留層)を透過する複数の地震波に適用し,2つのS波の到達時間差と速い振動方向を調べることで,亀裂の閉塞度合いや卓越方向,すなわち地熱貯留層の状態の変化を調べた.地熱貯留層には,地熱発電所の稼働により,上述の状態変化が起きる可能性がある.これまでに,大地震により断層近傍で開口した亀裂が時間経過に伴い閉塞したという,局所的な不均質特性の変化がS波スプリッティングから確認された例(Tadokoro and Ando, 2002)があるが,地熱開発に使用された研究例はまだそれほど多くない.我々は,速いS波の振動方向と,分離した2つのS波の到達時間差から,そもそも地下の地熱貯留層亀裂の検出が可能か,さらに卓越方向や閉塞度合いをモニタリングすることができるか検証する.このように,地震波から亀裂等の局在する不均質を簡易的に推定することが可能となれば,地熱貯留層のみならず,資源開発,放射性廃棄物の地層処分,CO2地中貯留等の現場モニタリングにおいても,有効な監視手段となりうると期待される.

解析手順
適度な数の地震観測網に囲まれた国内4位の高出力の地熱発電所である秋田県山葵沢発電所近傍を解析対象とし,2006年1月から2022年9月までの気象庁一元化震源のうち以下の条件を満たすイベントの速度波形を,防災科学研究所の高感度地震観測網(Hi-net)から計32個取得した.波形の選定条件は,雄勝観測点(N.OGCH)への入射波が発電所地域を通過し,かつ入射角が60度以下となる,マグニチュード1以上5以下,震源深さが3 kmから30 km,である.当該観測点で波形はサンプリング周波数100 Hzで収録されている.波形には1から15 Hzのバタワースバンドパスフィルタをかけた.その後,NS方向とEW方向の2成分のS波部分に対してCross-Correlation法(Shih and Meyer, 1990)を適用し,座標軸を5度刻みで0度から90度まで回転させながら各回転角で0.01秒ごとに2つの波形の相互相関を求めた.解析範囲は地震波形から読み取ったS波到達時刻の0.05秒前から0.50秒間とした.回転角と2つのS波成分の到達時間差,相互相関値はコンター図にして表示し,各地震波形において最も相互相関値の高い際の回転角(φ)と到達時間差(δt)を記録した.この回転角から得られた速いS波の振動方向に対して到達時間差を度数としてローズダイアグラムを作成し,亀裂の状態を評価した.

結果・議論
ローズダイアグラムが示す速いS波の振動方向は,亀裂と平行な方向を表している.一般的に,この方向は最大主応力の大まかな方向と一致すると考えられる.また,S波の到達時間差から亀裂の閉塞度合いを推定することができる.
地熱貯留層からの取水が始まった発電所稼働前後の変化について,稼働前の速いS波の振動方向はN70E-N110W,δtが平均0.08秒,最大0.17秒であるのに対して,稼働後は振動方向N85W-N95E,δtが平均0.046秒,最大0.09秒であった.φの変化は25度,最大δtの変化は0.06であった.δtの変化は地下の亀裂が閉塞したことを意味する.従って発電所の稼働による取水と還元の影響で,地下の熱水量が総合的には減少した可能性が示唆された.
解析期間を様々な期間に分割しながら確認したところ,東北地方太平洋沖地震の前後に最も大きなS波の振動方向の変化が観察された.地震前はN55E-N125WとN30W-N150Eの2方向に,地震の後はおおむねN70W-N110W方向にφが卓越していることが確認された.Tadokoro et al.(1999)やHiramatsu et al.(2010)でも大地震の影響により亀裂の配向方向に変化があった可能性が示唆されており,大地震の影響は地熱貯留層における亀裂状態の変化よりもS波スプリッティングの結果に多大な影響を与えると考えられるため両者の適切な切り分け方法を模索していく必要がある.