日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-SS 地震学

[S-SS11] 活断層と古地震

2024年5月26日(日) 15:30 〜 16:45 コンベンションホール (CH-B) (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:小荒井 衛(茨城大学理学部理学科地球環境科学コース)、佐藤 善輝(産業技術総合研究所 地質情報研究部門 平野地質研究グループ)、矢部 優(産業技術総合研究所)、安江 健一(富山大学)、座長:小荒井 衛(茨城大学理学部理学科地球環境科学コース)、安江 健一(富山大学)

16:00 〜 16:15

[SSS11-13] 菅原道真の比類無い能力は西暦887年8月仁和地震非南海地震説を補強する

*松浦 律子1 (1.公益財団法人地震予知総合研究振興会地震調査研究センター)

キーワード:菅原道真、史料内容の時期による寡多、887年仁和地震、サイズプレディクタブルモデル

図1下段黄色線は,[古代・中世]地震・噴火資料データベース(β版)(石橋ほか,最新更新Mar. 2020)から作成した,有感地震・被害地震が記録されている日の累積数である.このDBには1607年までの地震史料が校訂され,幽霊地震や実在が怪しい地震はできる限り排除されている.一日に複数の地震が記録されている場合,数が不詳な場合が多く単に1日としたので,地震の個数は日数より多い.但し,元のDBで一項にまとめて収録されている大地震後の多数の余震は日単位で分離してカウントした.異なる史料で同じ日付も有感地域や時刻から明確に別地震と判断できる場合以外は1日とした.
東北地方の地震は江戸時代前の期間には貞観地震など数個しかない.家康の移封以前は由緒正しい史料に関東の地震はさほど記録されていない.この図中の地震は西日本,しかも畿内で有感だった地震が殆どである.同様に地震史料がある日を宇佐美系地震史料集でカウントしたのが青線である.こちらには後代史料だけによるものも収録されているが傾向は大同小異である.図1は中世の開始が白河院政の開始(1086)だとしても,これまで巷間言われてきたように中世に比べて古代に記録された地震がおしなべて多い訳ではなく,古代でも16世紀末の織豊政権時代に匹敵する記録レートは菅原道真が物心ついてから失脚までの9世紀後半に限られていることを示す.よって、太宰府に左遷される直前まで菅原道真が編纂の実務を主導していた六国史最後の『日本三代実録』が圧倒的に緻密な事象記録を成したのが道真個人の非凡さであると主張する.
菅原道真は抜群の能力故に藤原時平を始め他の貴族階級から妬まれて太宰府に左遷され死に追いやられたが,Fig. 1は確かに讒言する以外余人は太刀打ちできない有能さを彷彿とさせる.藤野・松浦(2023)は887年8月の仁和地震は南海地震ではなく,大阪湾断層の最新活動と考えるべき,と主として津波痕跡の研究成果から主張した.Fig. 1の示す道真の高い能力は,仁和地震時に坂出に居た道真が,四国での津波被害や道後温泉の湧出停止など南海地震であるならば当然発生した珍しい事象や,土佐や阿波での荘園経営に打撃を与え畿内でも関心が高かろう四国南部の被害の数々をおめおめと記録し損ねて,「津波被害は摂津が最大」という記述を正史に許す可能性は極めて低いと考える藤野・松浦(2022)の主張の妥当性を補強している.
大森房吉はもちろん,自分の南海地震百年周期を正当化するために1498明応も1605慶長もすべて南海トラフと決めつけた今村明恒ですら,1938年頃までは887仁和を南海地震と断定していなかったのに,現代は,1940年代以降の今村に溝付けされた「常識」が石橋(2023)などにも残存しており,現代的批判もなく漫然と受け継がれていると言わざるを得ない.
昭和,安政,宝永の最近3回の南海地震の規模と発生間隔は,南海トラフのプレート境界巨大地震はサイズプレディクタブルが一切の仮定無くよく当てはまる.白鳳から無理に200年程度に南海地震を当て込む必要はあるのだろうか?宝永地震から300年以上経過したからという警鐘には同意できるが,何が何でも百年に一度の危険性を安全側と称して主張することは,社会に益があるのだろうか?この際,虚心坦懐に古代・中世の地震カタログから不確実な部分を再度明らかにする勇気が,21世紀の日本の地震ハザードを正しく捉えるための一歩と考えて再度問題提起したい.

References
Database(2020 Mar. ver.): https://historical.seismology.jp/eshiryodb/
Fujino and Matsu'ura (2022) Abstract of Fall meeting, Japanese Seismological Soc., S10-09.
Fujino and Matsu'ura (2023) JPGU2023,S-SS13-04.
Ishibashi (2009) Zisin 2, 61, S509-S517.
Ishibashi (2023) Zisin 2, 76, 55-61.