日本地球惑星科学連合2024年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 S (固体地球科学) » S-TT 計測技術・研究手法

[S-TT38] 最先端ベイズ統計学が拓く地震ビッグデータ解析

2024年5月27日(月) 13:45 〜 15:00 202 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:長尾 大道(東京大学地震研究所)、加藤 愛太郎(東京大学地震研究所)、矢野 恵佑(統計数理研究所)、椎名 高裕(産業技術総合研究所)、座長:長尾 大道(東京大学地震研究所)、加藤 愛太郎(東京大学地震研究所)、矢野 恵佑(統計数理研究所)、椎名 高裕(産業技術総合研究所)

13:45 〜 14:00

[STT38-01] 3次元モーメント密度テンソル・インバージョンによる地殻変形構造の客観的推定

★招待講演

*野田 朱美1齊藤 竜彦2福山 英一3,2 (1.気象庁気象研究所、2.防災科学技術研究所、3.京都大学)

キーワード:GNSS変位速度データ、モーメント密度テンソル、ベイズ推定、新潟-神戸歪み集中帯

GNSSによる地殻変動観測で見出された新潟-神戸歪み集中帯は、日本列島の中で特に顕著な歪み速度が観測される場所の一つである。日本列島において、高歪み速度は基本的に太平洋沿岸で観測され、日本列島下に沈み込む海洋プレート上面の固着によって説明される。一方、新潟-神戸歪み集中帯は、その場所柄プレート間固着が原因とは言えず、地殻内で脆性破壊や塑性変形といった非弾性変形が生じていることが原因であると考えられている(Sagiya & Meneses-Gutierrez, 2022)。しかしながら、その非弾性変形の具体的なプロセスについての共通見解は未だ確立されていない。
地殻内の歪み集中の研究では、これまで地殻ブロックモデリングが盛んに用いられてきた。これは、まず活断層分布や地震活動の情報に基づきプレート内部を小さな複数の地殻ブロックに分割し、それらの境界での力学的相互作用によってプレート内の歪み集中を説明する手法である。しかしながら、地殻ブロックの分割は、非弾性変形の発生場所を地殻ブロック境界に限定することを意味する。新潟-神戸歪み集中帯への適用に際しては、地殻ブロックの分割が研究によって異なる、つまり非弾性変形の発生場所を客観的に決められないという問題があった。
そこで本研究では、非弾性変形の空間分布の柔軟なモデル化を可能にするため、非弾性変形を一般化した力学的表現、つまりモーメント密度テンソルとして表現した。そして、モーメント密度テンソルの3次元空間分布をGNSS変位速度データから推定するインバージョン手法を構築した。モーメント密度テンソル・インバージョンの手法はNoda & Matsu’ura (2010) によって提案されたが、本研究では逆問題を取り扱いやすくするため、次に挙げる2点の改良を加えた。1つ目は、モーメント密度テンソルの独立な6成分の比を解析領域内で固定し、その大きさ(以後「モーメント密度」と呼ぶ)の空間分布のみを未知とする逆問題に単純化したことである。塑性流動の構成則に基づき、テンソルの成分比は、解析領域内で発生した中小地震のメカニズム解から求めた背景応力場と同じと仮定した。テンソル成分比の固定により、モデルの自由度を1/6に削減することができた。2つ目は、逆問題をベイズモデルとして定式化し直したことである。具体的にはモーメント密度分布とGNSS変位速度データを関係づける観測方程式の情報とモデルの事前情報をベイズの定理で結合し、これにより与えられる事後確率密度分布をハミルトニアンモンテカルロ(HMC)法によるサンプリングで求めた。モーメント密度の事前情報はピークをゼロとする半正規分布とし、スケールパラメータは未知パラメータとした。事前情報で負の値を許さないのは、背景応力場が働く向きと逆方向の非弾性変形は物理的に不合理と考えるためである。AICによるモデル選択を用いたNoda & Matsu’ura (2010) に対し、本研究ではベイズモデルを用いることにより、解の推定誤差を評価することが可能になった。また、HMC法での実装により、物理学的視点に基づいた事前情報を容易に導入することができた。
本手法を2005年3月~2011年2月のGNSS観測による水平変位速度データに適用し、1年あたりのモーメント密度分布を推定した。その結果、地殻浅部(深さ0-10km)と深部(深さ10-20km)のモーメント密度分布は異なる空間的特徴を呈すことが分かった。すなわち、地殻深部は新潟-神戸歪み集中帯に沿ったシンプルな帯状の分布を示すのに対し、地殻浅部は地表の活断層トレースに沿った複雑な分布であった。この結果は、下部地殻が1つの基盤断層によって2つのブロックに分かれて運動するのに対し、上部地殻は容易に分割されず、下部地殻に引きずられて複雑な変形構造を形成する様子を表していると解釈できる。本研究は、モーメント密度テンソルという非弾性変形の一般化表現を用いることで、このような深さに依存する変形構造を客観的に推定することに成功した。