日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気海洋・環境科学複合領域・一般

[A-CG48] 陸域から沿岸域における水・土砂動態

2025年5月27日(火) 10:45 〜 12:15 102 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:木田 新一郎(九州大学・応用力学研究所)、浅野 友子(東京大学大学院農学生命科学研究科)、有働 恵子(東北大学大学院工学研究科)、山崎 大(東京大学生産技術研究所)、座長:浅野 友子(東京大学大学院農学生命科学研究科)、有働 恵子(東北大学大学院工学研究科)

11:05 〜 11:25

[ACG48-07] 日本全国における山地渓流水水質の空間分布と規定要因 ~シチズンサイエンスによる広域調査~

★招待講演

*牧野 奏佳香1、徳地 直子2、小山 里奈2、赤石 大輔3、駒井 幸雄2、板谷 佳美2、Nay Lin Maung2 (1.福井県立大学、2.京都大学、3.大坂産業大学)

キーワード:渓流水、水質、シチズンサイエンス、窒素

山地渓流水水質は表層水の基礎的性質を決定し、また河川や下流の生態系にも影響を及ぼすことからその空間分布や決定機構の解明は重要である。例えば窒素(N)は森林の成長にとって重要な元素の一つだが、大気N降下量が森林生態系の要求量を超えると、土壌の酸性化や生物多様性の低下等を引き起こし、土壌から硝酸イオン(NO3-)が流出して渓流水NO3-濃度が高くなる。Nは植物プランクトンの必須元素でもあるため、河川へのNO3-供給は河川中の生物相に影響を及ぼす。しかし、N負荷の森林への影響は森林の状態、また気候や地形等の環境要因によって異なる場合がある。そのため、渓流水中のNO3-濃度は森林の状態を知る有効な指標となりえ、渓流水水質、そしてその形成機構について明らかにすることは重要である。そこで本研究では、日本全国の様々な環境下にある森林を対象に山地渓流水水質を調査し、その空間分布と規定要因を明らかにすることを目的とした。さらに、本調査は著者らがメンバーとして所属する『山の健康診断』プロジェクトによって主導されたため、その取り組みについても紹介する。
広域での山地渓流水水質調査には膨大な時間と労力がかかることから、その数は非常に限られている。京都大学フィールド科学教育研究センター(以下、京大フィールド研)と株式会社モンベルの協働プロジェクト『山の健康診断』は、一般市民が参加するシチズンサイエンスの形で、2022年の6月から11月に日本全国を対象に山地渓流水水質調査を行った。参加者には、採水作業で用いる器具等を送付し、上流に水田、畑、果樹園、建物などの人為的な影響をもたらすものがない適切な採水地点をプロジェクトのホームページで紹介し、採水を依頼した。採水方法は、まずシリンジ(SS-10Sz、 TELUMO社製)で渓流水を吸い上げ、粒子状物質や微生物を除くべく0.45 μmのディスクフィルター(GLCTD-MCE2545、 島津ジーエルシー社製)でろ過した後、ボトル(B型投薬瓶、ケーエム化学社)に保存する、というものである。水サンプルを入れたボトルはすぐに京大フィールド研に郵送していただき、到着後はすぐに冷蔵庫(4℃)にて保管した。水サンプルの主要無機イオン濃度は、京大フィールド研のイオンクロマトグラフ(Aquion、 Thermo Fisher Scientific社製)を用いて測定した。
次に、得られた水質データを、地理情報システム(ArcMap10.8.2、 ESRI)を用いて地図上に示し、空間分布図を作成した。さらに、大気N降下量、気候、地形、植生、土壌、地質等の環境要因データを、地理情報システムで集水域ごとに抽出した。最後に、各水質項目に対して寄与度の高い環境要因を、機械学習の一つであるRandom Forest回帰分析により明らかにした。
最終的に、全国から1428点の渓流水サンプルを集めることができた。NO3-濃度は東京や大阪、福岡といった都市部の近郊において高い傾向があった。しかし、北西季節風によってアジア大陸から大気汚染物質がもたらされN降下量が多い日本海側では、NO3-濃度は低い水準にあった。これは、休眠期の降水量や積雪深もNO3-濃度の規定要因であったことから、冬季に雨や雪が多い日本海側ではNが生態系に取り込まれずに降雨時や融雪時に一気に流出して、平水時の渓流水NO3-濃度が低く保たれたためと考えられる。
また、大都市が近くになく大気N降下量も少ない九州北東部の国東半島や香川県でも渓流水NO3-濃度は高い傾向にあった。香川を含む瀬戸内海沿いでは降水量が少ないため、降雨出水によるN流出が少ないことも平水時の高い渓流水NO3-濃度につながったと考えられる。しかし、国東半島については原因が不明であり、香川についても地域的な要因が寄与している可能性があるため、今後地域スケールでの詳細な調査が必要と考えられる。
渓流水のカルシウムイオン(Ca2+)、マグネシウムイオン(Mg2+)濃度はフォッサマグナ上のエリアで高い傾向にあり、Ca2+濃度は中央構造線上でも高い傾向にあった。傾斜や地形起伏指数がCa2+、Mg2+濃度の規定要因であったことから、急傾斜や凸凹なフォッサマグナ上のエリアでは風化の影響が強かったと考えられる。一方カリウムイオン(K+)は急傾斜や凸凹な場所ほど濃度が低く、地形湿潤指数の方で重要度が高かった。このことから、Kは風化よりも生物的影響やイオン交換による流出が強かった可能性が考えられた。この他、物質ごとの生育期の降水量や気温、岩石等の寄与も明らかになった。
以上のように、市民が調査に参加し、提供された試料を研究者が分析・解析し、得られた情報を市民に還元するというシチズンサイエンスの協力体制は、研究の幅を広げることに繋がり、さらに市民にとっても環境問題について考えるきっかけになったと期待される。