日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気海洋・環境科学複合領域・一般

[A-CG51] 沿岸海洋生態系-2.サンゴ礁・藻場・マングローブ

2025年5月28日(水) 13:45 〜 15:15 展示場特設会場 (3) (幕張メッセ国際展示場 7・8ホール)

コンビーナ:梅澤 有(東京農工大学)、樋口 富彦(京都大学 人間・環境学研究科)、中村 隆志(東京科学大学 環境・社会理工学院)、渡辺 謙太(港湾空港技術研究所)、座長:梅澤 有(東京農工大学)、渡辺 謙太(港湾空港技術研究所)、中村 隆志(東京科学大学 環境・社会理工学院)、樋口 富彦(東京大学大気海洋研究所)

13:45 〜 14:00

[ACG51-01] 海草の存在が引き起こす海水中細菌群集の急速な遷移過程とその環境管理における意義

*宮島 利宏1 (1.東京大学 大気海洋研究所 海洋地球システム研究系)

キーワード:海草藻場、サンゴ礁、環境保全、微生物、生態系機能

アマモを含む海草類は堆積性の浅海域にしばしば海草藻場と呼ばれる海中草原を形成する海生維管束植物である。海草はその体表面から溶存有機物を絶えず溶出させることによって、葉面や根圏に独自の微生物と微小動物からなる小宇宙を形成し、海草本体とそれに依存する微生物・微小動物群集全体を含めてホロビオントと呼ばれている。海草はさらに海草本体から離れた海水中の微生物群集にも影響を及ぼし、人為起源の外来性微生物やサンゴの病原菌などの増殖を抑制する作用を有することが報告されている(Lamb et al. Science 355:731, 2017)。このような海草藻場の機能は、サンゴ礁等の重要生態系の健全性維持、養殖産業における衛生管理などの文脈において高いポテンシャルを有することが期待されるが、海水中の微生物環境に対する海草の改善効果を現場環境において実証することは困難で、再現性が担保されにくいことから、現場実装への道のりは容易ではないと考えられている。

本研究は、サンゴ礁の環境改善のために海草藻場の機能を活用する試みの一環として、亜熱帯性海草種による海水中微生物群集に対する改変効果を、簡易な室内実験系によってまず検証することを試みたものである。実験には、沖縄県石垣島のサンゴ礁に隣接する海草藻場から採集された海草(Tharassia hemprichii, Cymodocea rotundata, Halodule uninervis, Halophyla ovalis)を使用し、海水を循環させた閉鎖系水槽を用いて光照射下(12h:12h)で海草を一週間から10日程度飼育した際に、海水中のバクテリア群集に現れる変化を16S rRNA V3/V4領域に対するアンプリコン解析を用いて追跡することを骨子としている。一部の実験系では18S rRNAアンプリコン解析により原生生物群集の特徴を把握することも試みた。媒体となる海水としては、海草藻場から離れた岸壁で満潮時に採水した海水をGF/Fで濾過した上で、外来性微生物群のモデルとしてマングローブからの流出水を少量接種したものを使用した。

実験の結果、海草の存在下では海水中の微生物群集組成が2〜3日の期間で急速に交代していることが確認された。海草のない対照区でも変化は起こるものの緩慢で、主要出現種が海草存在下とは全く異なっていた。海草の存在下のみで急速に減少して消滅するバクテリア種が特定でき、それらの多くは海草の種類によらず同様の応答を示した。一方、海草の存在下でのみ急速に、または徐々に増加するバクテリア種も多くあり、その中には特定の海草種のみに依存するものがある一方、海草種によらず出現する種も複数特定することができた。

以上の観察結果は、海草藻場が海水中の微生物群集に対して強い制御効果を及ぼしていることを実証している。個別の海草種もしくは海草一般に適応したバクテリア種が選別されて増殖する一方、海草藻場に適応できないバクテリア種は速やかに除去されるものと考えられる。病原菌や食中毒菌のような外来性有害微生物は海草藻場の環境には適応していないと考えられることから、海草藻場はこうした有害微生物を除去する目的に有効に機能すると予想される。このような群集交代が起こるメカニズムは本研究からは証明できないが、実験データからは、海草の代謝物による特定のバクテリアに対する成長促進効果と、繊毛虫類を中心とする細菌捕食性原生生物によるバクテリアに対する非特異的抑制効果(microbial loop)との相互作用がバクテリア種の急速な交代を駆動していることが推察された。ただし海草周辺でのバクテリア種組成の交代には数日の時間を要することから、現場の微生物群集に海草の影響が実際にどの程度反映されるかは、潮汐等に支配される海草藻場における海水の交換速度に制約されるものと予想される。

(本研究は環境研究総合推進費(JPMEERF20224M01)により実施された。