日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-CG 大気海洋・環境科学複合領域・一般

[A-CG52] 北極域の科学

2025年5月29日(木) 17:15 〜 19:15 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 7・8ホール)

コンビーナ:川上 達也(北海道大学)、堀 正岳(東京大学大気海洋研究所)、柳谷 一輝(宇宙航空研究開発機構)、佐藤 洋太(海洋研究開発機構)

17:15 〜 19:15

[ACG52-P09] 二酸化炭素排出量の増減に対する永久凍土のヒステリシス

*渡邉 菜月1渡部 雅浩1羽島 知洋2横畠 徳太3Melnikova Irina3 (1.東京大学大気海洋研究所、2.独立行政法人 海洋研究開発機構、3.国立環境研究所)


キーワード:気候、永久凍土、ヒステリシス、不可逆性、気候システム、北極域

人間活動に起因する二酸化炭素(CO2)をはじめとする温室効果ガス(Greenhouse Gases, GHGs)排出の増加により、地球温暖化が顕著になっている。気温や降水量といった気候システムの多くの要素は、全球平均気温上昇に対して線形的に応答すると考えられるが、地球システムにはある温暖化レベルを境に急激にシステムの動態が変化する、いわゆるティッピングエレメントと呼ばれる要素があることが知られている。気候科学のみならず、温暖化に対する社会の応答を考える上で、ティッピングエレメントの理解は重要性を増している。主に北半球高緯度に広く存在する永久凍土は、2 年以上連続して地温が0 ℃以下の地域と定義されている。永久凍土は大気の2倍以上の炭素を地中に貯蔵しており、温暖化により永久凍土が融解すると土壌からCO2やメタンが放出される。これは不可逆であると同時に温暖化を加速する正のフィードバックをもつため、重要なティッピングエレメントの一つとされている。しかし、永久凍土の融解によるGHGs放出量の予測には大きな不確実性がある。また、温暖化・寒冷化の際の永久凍土の物理的応答にヒステリシスが存在する場合、いったん温暖化により融解するとその効果がしばらく続き、気候が復元しても土壌からのGHGs放出が続くことになる。そのため、永久凍土のティッピングエレメントとしての性質の理解を深めるために、永久凍土の物理的応答(ヒステリシス・不可逆性)を明らかにすることが重要である。全球平均CO2濃度の増減に対して永久凍土面積の応答にヒステリシスが存在し得ることは先行研究により示唆されているが、そのメカニズムは未解明である。
本研究では、排出量駆動の地球システムモデル(Earth System Model, ESM)を用いて、理想化されたオーバーシューティングシナリオ(一定期間のCO2排出の後に、同量のCO2吸収を正味排出ゼロになるまで続けるシナリオ)に基づく一連の数値実験を行い、CO2排出の増減に対する永久凍土の応答を調べた。第6次結合モデル相互比較プロジェクト(Coupled Model Intercomparison Project Phase 6, CMIP6) モデルの 1 つである MIROC-ES2L を用い、産業革命前の条件での3000年の積分と、10 PgC/year のCO2排出量を与えた1000年のシミュレーションを実施した。その間、温暖化応答が2、4、6、8℃に達した時点で分岐させ、CO2排出量を-10 PgC/yearに変化させて気候復元実験を行った。
実験の結果、気候に対する永久凍土面積の応答は可逆ではあるがヒステリシスをもつことが分かった。また、永久凍土地域での下層では、気候復元実験の最終状態で完全に凍っている領域の面積が初期状態よりも小さいという、性質の不可逆性を示した。永久凍土地域の下層土壌では気候が寒冷化し始めても約250年凍土の融解が続くことから、永久凍土面積のヒステリシスと性質の不可逆性は、土壌の熱伝導そのものににかかる遅れ、あるいは上層土壌での土壌水分の相変化に先に熱が使われることによる下層土壌への熱伝導の遅れにより生じると考えられる。これらの影響を検証するために、土壌の熱伝導率もしくは水の相変化に伴う比熱を変える感度実験を行った。その結果、相変化の比熱を小さくすると永久凍土のヒステリシスと性質の不可逆性は小さくなったことから、相変化のプロセスがこれらの永久凍土の物理的性質を決める上で特に重要だということがわかった。
永久凍土のヒステリシスは、いったん温暖化により融解するとその影響がしばらく続くことを示唆しており、永久凍土のティッピングエレメントとしての性質に影響しうる。加えて、このヒステリシスは4℃未満の温暖化レベルでも発生しており、永久凍土応答の不確実性が、現実的な低排出シナリオにおける永久凍土の挙動を理解する上で重要であることを示唆している。