日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 A (大気水圏科学) » A-HW 水文・陸水・地下水学・水環境

[A-HW30] 同位体水文学2025

2025年5月30日(金) 10:45 〜 12:15 展示場特設会場 (2) (幕張メッセ国際展示場 7・8ホール)

コンビーナ:安原 正也(立正大学地球環境科学部)、中村 高志(山梨大学大学院・国際流域環境研究センター)、柏谷 公希(京都大学大学院工学研究科)、浅井 和由(株式会社 地球科学研究所)、座長:柏谷 公希(京都大学大学院工学研究科)、浅井 和由(株式会社 地球科学研究所)、森川 徳敏(産業技術総合研究所 活断層・火山研究部門)

10:45 〜 11:10

[AHW30-05] 知床硫黄山とその周辺の河川水,湖沼水,温泉水の水質形成メカニズムと火山性流体の影響

★招待講演

*山本 睦徳1柏谷 公希2、Kusumasari Brenda2、多田 洋平4後藤 忠徳3小池 克明2 (1.大阪市立自然史博物館、2.京都大学大学院工学研究科 都市社会工学専攻地球資源学講座地殻環境工学分野、3.兵庫県立大学 大学院理学研究科 地球科学講座、4.京都大学大学院工学研究科 都市社会工学専攻地球資源学講座地殻環境工学分野(前所属))

キーワード:知床硫黄山、水素・酸素同位体、温泉水,湖沼水,河川水、安山岩水、混合、硫黄生成

1.はじめに
 本研究グループは溶融硫黄を噴出する知床半島中央部の知床硫黄山に注目し,その硫黄噴出のメカニズム解明を目的とした研究を進めている。本研究では,硫黄の生成の場と考えられる帯水層における水および物質の供給と循環状態を明らかにするため,知床硫黄山周辺の温泉水に加えて,河川水,湖沼水,噴気の凝縮水を採取し,水素・酸素同位体比と主要溶存イオン濃度の分析を行った。分析結果に基づいて,これらの水や水に含まれる物質の起源と循環状態を推定するとともに,特に水質形成における火山性流体の影響について検討した。

2.手法
 温泉水,河川水,湖沼水の各試料は,水温,pH,電気伝導度,酸化還元電位,溶存酸素濃度を測定した後,試料水にて3回以上共洗いした100 mlのポリびんに採取した。また,過去に溶融硫黄が噴出した知床硫黄山の1号火口において,噴気孔にシリコンチューブを挿入して火山ガスを吸引することで噴気の凝縮水を採取した。採取できる試料の量が少ないため,凝縮水についてはpH,電気伝導度,酸化還元電位,溶存酸素は測定しておらず,実験室で超純水洗浄した2 mlガラス容器に採取した。
 試料は,キャビティーリングダウン分光法による水同位体アナライザー(Picarro社製 L2130-i)を用いて水素・酸素同位体比を測定した。また,主要イオン(Na+,K+,Mg2+,Ca2+,F-,Cl-,SO42-ほか)の濃度については,イオンクロマトグラフ(島津製作所製PROMINENCE)で分析した。

3.結果と考察
 δダイアグラムにおける河川水の水素・酸素同位体比の近似直線はδD = 6.88δ18O + 4.54 (R2 = 0.976)であり,これをこの地域の天水線とした。また,カムイワッカ温泉水とカムイワッカ湾にあるセセキ温泉のデータから求めた近似直線はδD = 2.85δ18O - 46.7 (R2 = 0.966)となり,天水と安山岩水(Giggenbach, 1992)が混合してこれらの温泉水が形成されたことを示唆している。
 δダイアグラムにおいて,知床五湖の湖水は河川水から求めた地域天水線の右側に分布しており,近似直線を水素・酸素同位体比が軽くなる方向に延長すると温泉水の同位体比がプロットされる領域を通る。これは,知床五湖の湖底に温泉水が湧出し,安山岩水が天水に混入したうえで蒸発が生じ,水素・酸素同位体比が変化した結果と考えられる。また,知床五湖の湖水はCl-濃度が河川水より高い傾向を示した。特に知床五湖の一湖と五湖の同位体比は他の湖より重く,高い蒸発量が影響していると推測される。
 1号火口の噴気から得た凝縮水は,今回分析した中で最も軽い同位体比を示し,地域天水線付近にプロットされた。これは,噴気も天水起源であることを示している。知床半島北西側を流れるウブシノッタ川を含む複数の河川では,同位体比が天水線に比べて若干重い。特にウブシノッタ川,赤い川(イタシベ鉱床),セセキ温泉横の川,赤イ川,硫黄川,赤い川(イタシベ鉱床)から120m北東の湧水,ウンメーン川ではpHが低く,SO42-とCl-濃度が通常の河川水と比較して高いことから火山性流体の混入が示唆される。カムイワッカ以外の温泉では,岩尾別温泉と赤澤温泉の同位体比がカムイワッカ温泉水の近似直線上に位置しており,安山岩水の混入が示唆される。一方,これらの温泉のpHは5.74〜6.83で弱酸性を示した。
 これまでの研究から知床硫黄山で湧出する温泉水(カムイワッカ温泉,1号火口)には,11~12%程度の安山岩水が含まれていることが明らかとなっているが,同様に周辺の温泉水や湖沼水にも安山岩水が混入していることもわかった。例えば,知床五湖の湖水のデータの近似線がカムイワッカ温泉水の近似線と交わる位置から推測して,カムイワッカ温泉水と同程度の安山岩水が含まれていると考えられる。一方,イオン濃度の分析から周辺地域の水では,硫黄生成の原料となるSO42-イオンとCl-イオンの濃度が知床硫黄山の温泉水に比べて1桁から3桁低い。さらに,知床硫黄山温泉水のSO42-/ Cl-比は他と比べて高く,温泉水中でSO42-が形成される基となるSO2とH2Sの濃度も高い。以上の結果から,知床硫黄山ではその周辺地域に比べて火山性流体として多くの硫黄が供給され,また知床硫黄山と周辺地域の水質形成に強く影響していることが確認できた。