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[BBG02-P03] 長野県白骨温泉に発達するトラバーチンの分布と特徴

キーワード:白骨温泉、化石トラバーチン、石灰華、フィッシャーリッジ、安定同位体
トラバーチンは温泉成の炭酸カルシウム沈殿物であり,石灰華とも称される.白骨温泉には過去の温泉活動によって形成された「化石トラバーチン」が大規模に分布しており,その規模は本邦最大と言われる.温泉水の湧出口とされる“噴塔丘”や,球形に発達した“球状石灰石”の希少性が評価され,昭和27(1952)年に国の特別天然記念物に指定されたが,それ以降,詳しい研究はあまり行われていない.本研究では,白骨温泉の温泉水および現世・化石トラバーチンの堆積学的,地球化学的,鉱物学的,微生物学的特徴などを記載し,化石トラバーチン形成当時の環境や,その形成要因を検討した.化石トラバーチンは,北部の重小屋原地区と竜神の滝周辺,および南部の小梨平地区の広い範囲に分布し,その規模は北部と南部でそれぞれ8.9 ha,5.8 haと見積もられる.一方,現世のトラバーチンは局所的な分布に留まり,小規模である.化石トラバーチンおよび現世のトラバーチンは方解石から構成され,白色を呈する.白骨温泉の温泉水は,火山ガス由来の溶存硫化水素による非常に低い酸化還元電位(−282 ~ −273 mV)と,非常に低い鉄濃度(~1 μM)で特徴づけられる.トラバーチンの構成に関わる溶存成分の濃度比はHCO3/Ca=2:1であり,炭酸カルシウムの溶解で達成される値であることから,基盤岩の一部である白骨コンプレックス中のペルム系石灰岩が温泉水に溶解したものと推定される.温泉水の溶存成分濃度は,Mnを除くと,南部の小梨平地区で有意に低い.現在形成中のトラバーチンの共焦点レーザー走査顕微鏡観察および微小電極測定の結果から,酸素発生型光合成細菌(シアノバクテリア),酸素非発生型光合成細菌(緑色硫黄細菌),硫酸還元菌の関与が示唆された.ただし,Ca微小電極の結果には,硫化水素が影響している可能性がある.白骨温泉のトラバーチンの炭素酸素同位体比は正の相関を示し,これは流下に伴う同位体分別を反映していると考えられる.また,続成作用による二次的な同位体比変動も認められた.化石トラバーチンのδ13Cとδ18Oは,大きく外れる試料を除いて,それぞれ 0.25 ~ 5.15‰,−16.17 ~ −9.79‰の値を示す.流下を経験しないvein faciesのbanded travertineは現在形成中のトラバーチンとほぼ同じ値を示し,形成当時の低い同位体比を保存していると考えられる(δ13Cが0.25 ~ 1.97‰,δ18Oが−16.17 ~ −15.59‰).南部の同位体比は北部よりも高く,流下に伴う同位体分別がより顕著であったことを示している.調査の結果,北部の重小屋原地区に見られる化石トラバーチンは,化石トラバーチン分布域の北東端に形成されたfissure-ridgeから多量の温泉水が湧出したことで形成されたと推定される.断層の亀裂(fissure)から湧出した温泉は,その南側に流下し,crystalline crustからなる傾斜40度から10度へと変化する斜面(marginal slope)(高さ約10 m)を形成した.当時の温泉水は高流速を生み出すのに十分な量が湧出していたと推測される.fissure-ridgeから離れた領域では,reedからなるmarsh facies,paper-thin raftやcoated bubble からなるcrest faciesの発達するlateral flatが広範囲に形成された.lateral flatを構成する岩相には,しばしば貝形虫が含まれる.湯川に面した渓谷斜面ではcrystalline crustやshrubからなるsteep valley slopeが形成され,fissure-ridgeの近くでは,谷へせり出すように発達した滝地形(高さ約6~8 m,幅約15 m)も発達した.南部では高流速下で形成される岩相があまり顕著ではなく,炭素酸素同位体比が北部よりも高いことから,噴塔丘保存地区周辺に低湧出量の源泉があり,流速が遅い環境でトラバーチンが沈殿していたことが推察される.源泉近くにはpaper-thin raftを含むcrest faciesが形成された.緩やかな傾斜地にはreedからなるmarsh faciesが広く形成され,湯川に面した渓谷斜面にはshrubからなるslope faciesが形成された.湯川の渓谷斜面の崩落地では,化石トラバーチンとその基底部の不整合が確認され,小梨平地区の化石トラバーチンの層厚は13~15 mであることが確認された.今後はさらに詳細な化石トラバーチンの調査・記載や,新たに年代測定を行い,白骨温泉の過去から現在に至るまでの,より詳細で包括的な理解の達成を目指したい.