日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 B (地球生命科学) » B-PT 古生物学・古生態学

[B-PT04] 地球生命史

2025年5月27日(火) 09:00 〜 10:30 展示場特設会場 (4) (幕張メッセ国際展示場 7・8ホール)

コンビーナ:本山 功(山形大学理学部)、生形 貴男(京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻)、守屋 和佳(早稲田大学 教育・総合科学学術院 地球科学専修)、座長:本山 功(山形大学理学部)、生形 貴男(京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻)、守屋 和佳(早稲田大学 教育・総合科学学術院 地球科学専修)

09:00 〜 09:15

[BPT04-01] 流体シミュレーションによる巣穴システムの機能形態学的解析:生痕化石Paleodictyonの例

★招待講演

*菊地 一輝1 (1.中央大学 理工学部)

キーワード:グラフォグリプティッド、深海堆積物、生痕学、機能形態学、数値流体力学

摂餌や居住といった底生動物の行動様式は海底の環境条件によって変化する.底生動物の行動は生痕化石として地層中に記録・保存される.このため,生痕化石から得られる情報に基づいた堆積場の古環境や,地質学的イベントへの海洋底生動物群集の応答様式の復元が試みられてきた.生痕化石群集と古環境条件との関係を議論するには,生痕形成者の生態や巣穴システムのもつ機能を明らかにする必要がある.しかし,巣穴システムの機能形態学的な解析には,ミリメートルオーダーの巣穴内部の流体の挙動の観測など技術的な困難がある.
そこで,講演者らは,巣穴システムを計算機上で再現し,流体モデルを用いた数値実験によって巣穴システムの形態が持つ機能を検討することを試みてきた.解析の対象とした生痕化石Paleodictyonは,海成砂岩層の下面に産出し,上位の砂岩と同質の砂で充填された六角網目状の構造を特徴とする.この生痕化石は主に海底扇状地堆積物から産出することから深海環境を指標する代表的な分類群として知られてきた.本生痕属は現世の深海底にも産する.現生標本の形態は,海底面下数mmの深さに形成された六角網目状のトンネル,トンネルから垂直に伸びて海底面に開口するシャフト群,そしてシャフト開口部群の中心部に向かって海底面が最大5 mmの高さに盛り上がった盾状マウンド,からなる.これらの構造の起源には,底生動物の巣穴である説や埋在型の底生有孔虫ゼノフィオフォアの膠着質の棲管である説などがあるものの,未だ解明されていない.また,これらの構造には底層流によって盾状構造の頂部と底部で静水圧差を生じさせ,トンネル内部の海水を受動的に交換する機能があるとする説もある.模型を用いた水槽実験によってトンネル内部の水の交換は再現されているものの,換水のメカニズムや換水速度は未解明である.
本研究では,Paleodictyonの3次元形態モデルを作成し,数値流体シミュレーションを行って受動的換水のメカニズムと水理条件を検証した.直径1 mmの円柱状のトンネルを組み合わせて六角網目状トンネルと垂直シャフト群を構築し,盾状マウンドの高さを0 mmから8 mmまで変化させて9種類のモデルを作成した.流体シミュレーションには流体解析ソフトウェアFLOW-3Dを使用した.この数値実験では30 × 30 × 20 cmの仮想的な水槽の底面中央にPaleodictyonの3次元モデルを配置し,水を満たして一方向に20秒間流した場合のトンネル内部およびマウンド周辺の水理条件の変動を調べた.現生のPaleodictyonが観察された大西洋沖の海底における底層流の最大流速8 cm/sを上限とし,上流端での流速を0.5–8.0 cm/sで変化させた.そして,六角網目状トンネルの内部と垂直シャフト群の内部の流速と流れの向き,水圧,盾状マウンドの表面の剪断速度を計測した.垂直シャフト群内部の垂直方向の流速とシャフト断面積から,単位時間当たりの水の流出量を計算して,換水速度を見積もった.また,盾状マウンド表面の剪断速度からシールズ数を計算し,海底表面の堆積物粒径をシルトと仮定して堆積物粒子の移動を検討した.
その結果,盾状マウンドの高さが1 mm以上のモデルでは,六角網目状トンネル内部の水の移動と垂直トンネルからの流出が観測された.巣穴システム内部のこれらの流れは,盾状マウンドの上流側斜面で動圧が増加することで生じることがわかった.底層流の流速が大きく,盾状マウンドの高さが高い条件ほど換水速度は増加した.マウンドが高い場合,盾状マウンド頂部の剪断速度から求めたシールズ数は,シルト粒子の臨界剪断応力よりも大きい.このことは,マウンド高が高い条件ではマウンド頂部で堆積物粒子が移動し,侵食が生じることを示す.一方,現生標本の観察結果と同じマウンド高である4–5 mmの場合,盾状マウンド頂部のシールズ数は臨界剪断応力より小さく,侵食は起こらないことがわかった.以上の結果から,現生Paleodictyonの形態は効率的な換水と巣穴システムの抗侵食性によって最適化されていることが明らかになった.
本研究のでは形成者の特定には至らなかったが,少なくとも巣穴システムの機能が呼吸や採餌に寄与する可能性を示した.今後,流体シミュレーションを用いた解析を他の生痕分類群にも適用することで,その生痕分類群の巣穴システムの機能解明だけでなく,環境条件との関係のより深い理解が期待される.