11:15 〜 11:30
[HCG22-09] 1945年広島原爆投下時の気象観測自記紙記録の発見と解析
キーワード:広島、原子爆弾、気象観測
1945年の広島原爆投下時を含む気象観測の自記紙記録が新たに発見された。当時の気象観測は現在の広島市江波山気象館(爆心地の南南西約2.7km、標高約30m)で行われ、建物は爆風や熱線の影響を受けながらも倒壊せず、風向・風速などの計測機器は比較的無事だった。
これまで、「毎時観測気象月報原簿」 が気象庁によりマイクロフィルム化され、インターネット上で入手可能であった。我々はこの記録をもとに「黒い雨」のシミュレーション研究を行ってきた。一方で、今回発見された資料は「毎時観測気象月報原簿」の元となる連続的な計測機器の記録であり、原爆投下時の世界唯一の気象観測データとして極めて貴重である。
今回の資料には、「降水量」「湿度」「気圧」「温度」「風速」「風向」の一年分の自記紙記録が綴じられており、「毎時観測気象月報原簿」の原本となる記録が含まれる。自記紙の交換は通常午前9時に行われるため、「気温」「湿度」「気圧」「風速」は8月6日9時までの記録と9時以降の記録が確認可能である。「風向」(ネグレッチ風信器)については、8月5日21時から8月6日9時までの記録に空白が多いものの、8時から9時の間には北から北西のインク跡が見られた。
「降水」は当日無降水であったため、8月5日・6日の自記紙は保存されていなかった。一方、「気圧計(アネロイド自記気圧計)」の記録では、8時15-16分頃に微小な気圧上昇があり、その後に空白が生じ、「爆風 8h18m」との手書き記録が確認された。さらに、9時以降には約0.7mmHgの急激な気圧低下があり、測器のダメージの可能性を含め、その原因は当時の記録でも不明とされている。
「湿度」の8月5-6日の記録紙は残存していないが、一週間巻の自記紙(7月30日~8月6日、8月7日~8月11日)が綴じられており、貴重な連続記録となっている。「毎時観測気象月報原簿」は、一日巻の自記紙から一時間ごとに読み取り補正を適用し、最高・最低値を記録したものである。
我々は原爆による爆発・燃焼・黒い雨のシミュレーションを行っているが、今回発見された記録はその検証データとして極めて価値が高い。計測値の器差補正を行い、前後の期間や周囲の観測地点の「毎時観測気象月報原簿」のデータと比較精査した上で、数値データとしての公開を予定している。
これまで、「毎時観測気象月報原簿」 が気象庁によりマイクロフィルム化され、インターネット上で入手可能であった。我々はこの記録をもとに「黒い雨」のシミュレーション研究を行ってきた。一方で、今回発見された資料は「毎時観測気象月報原簿」の元となる連続的な計測機器の記録であり、原爆投下時の世界唯一の気象観測データとして極めて貴重である。
今回の資料には、「降水量」「湿度」「気圧」「温度」「風速」「風向」の一年分の自記紙記録が綴じられており、「毎時観測気象月報原簿」の原本となる記録が含まれる。自記紙の交換は通常午前9時に行われるため、「気温」「湿度」「気圧」「風速」は8月6日9時までの記録と9時以降の記録が確認可能である。「風向」(ネグレッチ風信器)については、8月5日21時から8月6日9時までの記録に空白が多いものの、8時から9時の間には北から北西のインク跡が見られた。
「降水」は当日無降水であったため、8月5日・6日の自記紙は保存されていなかった。一方、「気圧計(アネロイド自記気圧計)」の記録では、8時15-16分頃に微小な気圧上昇があり、その後に空白が生じ、「爆風 8h18m」との手書き記録が確認された。さらに、9時以降には約0.7mmHgの急激な気圧低下があり、測器のダメージの可能性を含め、その原因は当時の記録でも不明とされている。
「湿度」の8月5-6日の記録紙は残存していないが、一週間巻の自記紙(7月30日~8月6日、8月7日~8月11日)が綴じられており、貴重な連続記録となっている。「毎時観測気象月報原簿」は、一日巻の自記紙から一時間ごとに読み取り補正を適用し、最高・最低値を記録したものである。
我々は原爆による爆発・燃焼・黒い雨のシミュレーションを行っているが、今回発見された記録はその検証データとして極めて価値が高い。計測値の器差補正を行い、前後の期間や周囲の観測地点の「毎時観測気象月報原簿」のデータと比較精査した上で、数値データとしての公開を予定している。