日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-GG 地理学

[H-GG03] ⾃然資源・環境に関する地球科学と社会科学の対話

2025年5月29日(木) 17:15 〜 19:15 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 7・8ホール)

コンビーナ:古市 剛久(森林総合研究所)、上田 元(一橋大学・大学院社会学研究科)、大月 義徳(東北大学大学院理学研究科地学専攻環境地理学講座)、小田 隆史(東京大学)


17:15 〜 19:15

[HGG03-P03] 高知県三原村産・土佐硯の源岩露頭「源谷坑」の開発史と現状:ジオサイトと伝統工芸の統合的保全に向けて

*浦本 豪一郎1、壹岐 一也2、清家 一馬、谷川 亘3 (1.高知大学、2.三原硯石加工生産組合、3.海洋研究開発機構)

キーワード:土佐硯、源谷坑、伝統工芸、地質保全

今も残る日本の硯産地の一つ,高知県西部の幡多(はた)郡三原村では,同村西部の源谷坑(げんだにこう)から産する新生界の粘板岩・三原石1を用いて,伝統的特産品・土佐硯が生産されている.三原村を含む高知県幡多地域における硯生産を示唆する記録は室町時代に遡り2,硯づくりが地域社会と結びついてきた文化であることがうかがえる.三原石は,白雲母・石英を主成分鉱物とし,これら鉱物の粒径は主に極細粒シルトとなっている3.微細な鉱物からなる粘板岩を成形・研磨してできる硯の表面にはミクロスケールの凹凸ができ1,細かに墨を磨ることができるため,三原石は高品質な硯づくりに適するとされている.
 一般に,露頭で採取される粘板岩はスレート劈開に沿って板状に薄く割れやすい.そのため,硯の製作に適した大きさ・厚さの粘板岩を採取することは必ずしも容易ではない.これに対して,源谷坑では,硯づくり可能な大きさ・厚さの岩板として粘板岩を採取することができる.そのため,1966年の露頭発見以降,貴重な地場産業の一環で開発され、硯石の採石が行われてきた4.しかしながら,継続的な採石による露頭規模の縮小1や,また、近年ではプラスチック,セラミック等の人工材料製の硯生産5に伴った日本産の天然石材硯の需要・生産量の減少に後押され,近年は源谷坑で三原石の採石が行われていない.手つかずの露頭は風化や植生の被覆が進み、その維持が課題になっている.
 ただし、このように硯産地で硯石の採掘が行われなくなり,露頭の維持が課題になっているのは三原村だけではない.例えば,愛知県新城市で作られる鳳来寺硯の原材料の一つ金鳳石6の露頭は,30年以上にわたって採石が行われず,露頭が風化すると共に植生に覆われ,立ち入りが難しくなっている(五代名倉鳳山,私信).
 各地の現状を踏まえると,露頭そのものと共に記憶の風化が進む硯石露頭について,その周辺環境も含めて過去・現在の露頭状況を把握し,その保全を検討することは,各地における硯工芸の存続に向けた共通課題と筆者らは考えた.そこで本研究は,土佐硯の源谷坑を例として,露頭の現状調査と土佐硯の職人工房・土佐硯石加工製作所で保管されていた資料(過去の源谷坑の未公開露頭写真や採石道具)を基に,源谷坑の採掘史と,露頭の現状をまとめた.
 本研究の調査の結果、過去の採石活動の状況,現在と過去の露頭状況の比較から、長期的に採石活動が行われないことによる三原石採石層準における風化の進行、過去の採石作業の状況や露頭開発に伴った周辺土壌の崩落があったことなど周辺環境に及ぼした影響を明らかになった。また,採石記録・技術の適切な伝承による採石活動の必要性も明らかになった.
 天然石材製の硯は長期的に需要減少の傾向が続いている.それに伴って原材料を採掘する硯材の露頭も手つかずとなり,露頭の劣化が進む産地が出てきている.これは土佐硯に限らない各地の硯工芸の存続に向けた課題といえ,国内の他の硯産地でも,希少となりつつある硯材露頭の状態を適切に把握し,各地の状況に応じた保全活動を実施していくことが必要なるであろう.そうした活動において,硯職人と露頭を含む森林を管理する自治体などの地域社会が連携しつつ,露頭調査では地質学者も助力することで,開発とそれに伴った環境への影響を考え,希少な地質遺産といえる硯材露頭を維持しながら,伝統的な地場産業の存続を図ることが望まれる.

文献:1. 浦本ほか、2023、地質学雑誌; 2. 大森、1983、硯の話;3. 浦本ほか、受理済み、堆積学研究;4. 三原村史編集委員会編、2003、新編三原村史.; 5. 日野,2022、墨;6. 名倉、1988、日本の硯.