11:30 〜 11:45
[HGM04-09] 入戸火砕流堆積物の再移動による堆積段丘の形成
★招待講演
キーワード:火砕流台地、再堆積、ラハール堆積物、都城盆地、二次シラス
1.イントロダクション
火山砕屑物は噴火直後の短期間に侵食を受けて再移動し、下流側の平野や水域に再堆積する。その過程で、しばしば河成段丘が形成される。大規模火砕流堆積物からなる火砕流台地では、比較的薄い砂礫層をもつ侵食段丘が分布しており、この砂礫層は無植生かつ透水性の高い初期の火砕流原を流下した、布状洪水や間欠河川の堆積物と考えられている(Yokoyama, 1999)。
他方、盆地のように閉鎖的な地形場では、火砕流堆積後に窪地や静水域が生じ、そこを埋める形で堆積性の段丘が形成された可能性がある。本発表では前回の報告(2025年3月)に続き、火砕流堆積物の再移動と窪地の埋積に関連した段丘の形成過程を議論する。
2.都城盆地の地形
九州南部の都城盆地は大淀川の上流に位置し、入戸火砕流堆積物(A-Ito)を噴出した姶良カルデラから東へ20 kmほど離れている。盆地周辺の台地ではA-Ito堆積面が残存するのに対して、盆地中央部の台地は3~4段の河成段丘で構成される。今回対象とする標高150 m前後の段丘面は、盆地の出口におけるA-Ito堆積面高度に相当する。
高位の段丘はA-Itoとその再堆積物で構成される。盆地西部の横市川や庄内川の流域では、10 mを超える厚い砂礫層が分布する。盆地の北部と南部には粘土層を含む地域がある(木野・太田,1977)。これらの段丘構成層は「二次シラス」や「成層シラス」と一括されてきたが、その堆積過程や堆積環境、それらが生じた背景に関しては明らかになっていない。
3.調査手法
都城盆地における既存の地質柱状図を収集し、段丘に関係する地層(A-Ito、河川堆積物、新期ローム層)の高度および厚さを求めた。「二次シラス」やA-Itoの再堆積物、ラミナ有りといった記述がある層は、すべて河川堆積物とした。資料には公開データ(KuniJiban、Geo-Station、国土地盤情報データベース)および出版物(『九州地盤情報共有データベース』、『全国地下水(深井戸)資料台帳』、『都城盆地水理地質図』)、そして宮崎県建設技術センターから提供された地質柱状図を用いた。これに加えて都城市上水流、都原町、五十町、梅北町の4地点で段丘崖または開析谷沿いの露頭を観察し、各層の特徴を記載した。
4.結果
地質柱状図の分析から、現存するA-Itoの上限高度は盆地中央部で標高120 m前後にあり、盆地周縁に向かって高度を増していた。A-Ito堆積面は標高150m以上にのみ保存されている。
A-Itoの再堆積と考えられる河川堆積物は、盆地西部の台地で層厚30 mに達する。反対に盆地縁辺部や南部の末吉町では層厚5 m未満と相対的に薄くなる。これらは砂または砂礫からなり、軽石を多量に含む。露頭においては明瞭な斜向層理が認められ、構成粒子は円磨されている。
乙房町から上水流町にかけての大淀川左岸地域では、標高130 m前後に厚さ3 m程度の粘土層またはシルト層が分布していた。上水流町の露頭には水平ならびに斜向した層理をもつ緻密な粘土~シルト層と、その上位の軽石質細粒砂層が確認された。砂層は火山ガラスをきわめて多く含み、空隙多く軟らかい状態であった。
5.堆積段丘の形成過程
A-Itoの再移動による堆積段丘の形成過程は、現時点で以下のように考えられる。
1) 盆地中央部におけるA-Itoの堆積面高度は、周縁部よりも30 m程度低く、A-Ito堆積時点で窪地が生じた。
2) 河川によって侵食されたA-Itoに由来する土砂が流入し、窪地は急速に埋積された。A-Itoがもつ透水性の高さから、湖沼が存続したとは考えにくい。
3) 窪地が完全に埋まると盆地からの流出が始まり、盆地出口のA-Ito非溶結部は速やかに侵食され、侵食基準面が溶結部との境界付近まで低下した。
4) 侵食基準面の低下に伴い、河川は下刻して段丘が形成された。これらの過程は遅くとも桜島高峠6(Sz-P17)テフラの降下までに完了した。
窪地の形成と埋積を考慮すれば、厚い段丘構成層が現河床よりも低い位置まで分布していることを矛盾なく説明できる。
文献
木野義人・太田良平 (1977) 5万分の1地質図幅「都城」.地質調査所.
Yokoyama, S. (1999) Rapid formation of river terraces in non-welded ignimbrite along the Hishida River, Kyushu, Japan. Geomorphology 30: 291-304.
謝辞
明治大学文学部の野中桜良さんと渡邉美帆さんには、本研究の一部をお手伝いいただいた。本研究はJSPS科研費24K16208の助成を受けた。
火山砕屑物は噴火直後の短期間に侵食を受けて再移動し、下流側の平野や水域に再堆積する。その過程で、しばしば河成段丘が形成される。大規模火砕流堆積物からなる火砕流台地では、比較的薄い砂礫層をもつ侵食段丘が分布しており、この砂礫層は無植生かつ透水性の高い初期の火砕流原を流下した、布状洪水や間欠河川の堆積物と考えられている(Yokoyama, 1999)。
他方、盆地のように閉鎖的な地形場では、火砕流堆積後に窪地や静水域が生じ、そこを埋める形で堆積性の段丘が形成された可能性がある。本発表では前回の報告(2025年3月)に続き、火砕流堆積物の再移動と窪地の埋積に関連した段丘の形成過程を議論する。
2.都城盆地の地形
九州南部の都城盆地は大淀川の上流に位置し、入戸火砕流堆積物(A-Ito)を噴出した姶良カルデラから東へ20 kmほど離れている。盆地周辺の台地ではA-Ito堆積面が残存するのに対して、盆地中央部の台地は3~4段の河成段丘で構成される。今回対象とする標高150 m前後の段丘面は、盆地の出口におけるA-Ito堆積面高度に相当する。
高位の段丘はA-Itoとその再堆積物で構成される。盆地西部の横市川や庄内川の流域では、10 mを超える厚い砂礫層が分布する。盆地の北部と南部には粘土層を含む地域がある(木野・太田,1977)。これらの段丘構成層は「二次シラス」や「成層シラス」と一括されてきたが、その堆積過程や堆積環境、それらが生じた背景に関しては明らかになっていない。
3.調査手法
都城盆地における既存の地質柱状図を収集し、段丘に関係する地層(A-Ito、河川堆積物、新期ローム層)の高度および厚さを求めた。「二次シラス」やA-Itoの再堆積物、ラミナ有りといった記述がある層は、すべて河川堆積物とした。資料には公開データ(KuniJiban、Geo-Station、国土地盤情報データベース)および出版物(『九州地盤情報共有データベース』、『全国地下水(深井戸)資料台帳』、『都城盆地水理地質図』)、そして宮崎県建設技術センターから提供された地質柱状図を用いた。これに加えて都城市上水流、都原町、五十町、梅北町の4地点で段丘崖または開析谷沿いの露頭を観察し、各層の特徴を記載した。
4.結果
地質柱状図の分析から、現存するA-Itoの上限高度は盆地中央部で標高120 m前後にあり、盆地周縁に向かって高度を増していた。A-Ito堆積面は標高150m以上にのみ保存されている。
A-Itoの再堆積と考えられる河川堆積物は、盆地西部の台地で層厚30 mに達する。反対に盆地縁辺部や南部の末吉町では層厚5 m未満と相対的に薄くなる。これらは砂または砂礫からなり、軽石を多量に含む。露頭においては明瞭な斜向層理が認められ、構成粒子は円磨されている。
乙房町から上水流町にかけての大淀川左岸地域では、標高130 m前後に厚さ3 m程度の粘土層またはシルト層が分布していた。上水流町の露頭には水平ならびに斜向した層理をもつ緻密な粘土~シルト層と、その上位の軽石質細粒砂層が確認された。砂層は火山ガラスをきわめて多く含み、空隙多く軟らかい状態であった。
5.堆積段丘の形成過程
A-Itoの再移動による堆積段丘の形成過程は、現時点で以下のように考えられる。
1) 盆地中央部におけるA-Itoの堆積面高度は、周縁部よりも30 m程度低く、A-Ito堆積時点で窪地が生じた。
2) 河川によって侵食されたA-Itoに由来する土砂が流入し、窪地は急速に埋積された。A-Itoがもつ透水性の高さから、湖沼が存続したとは考えにくい。
3) 窪地が完全に埋まると盆地からの流出が始まり、盆地出口のA-Ito非溶結部は速やかに侵食され、侵食基準面が溶結部との境界付近まで低下した。
4) 侵食基準面の低下に伴い、河川は下刻して段丘が形成された。これらの過程は遅くとも桜島高峠6(Sz-P17)テフラの降下までに完了した。
窪地の形成と埋積を考慮すれば、厚い段丘構成層が現河床よりも低い位置まで分布していることを矛盾なく説明できる。
文献
木野義人・太田良平 (1977) 5万分の1地質図幅「都城」.地質調査所.
Yokoyama, S. (1999) Rapid formation of river terraces in non-welded ignimbrite along the Hishida River, Kyushu, Japan. Geomorphology 30: 291-304.
謝辞
明治大学文学部の野中桜良さんと渡邉美帆さんには、本研究の一部をお手伝いいただいた。本研究はJSPS科研費24K16208の助成を受けた。
