日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[J] ポスター発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-QR 第四紀学

[H-QR05] 第四紀:ヒトと環境系の時系列ダイナミクス

2025年5月29日(木) 17:15 〜 19:15 ポスター会場 (幕張メッセ国際展示場 7・8ホール)

コンビーナ:白井 正明(東京都立大学)、横山 祐典(東京大学 大気海洋研究所 )、吾妻 崇(国立研究開発法人産業技術総合研究所)、里口 保文(滋賀県立琵琶湖博物館)

17:15 〜 19:15

[HQR05-P08] 諏訪湖湖底遺跡の堆積物コア解析による縄文時代以降の湖水位変動の復元

*葉田野 希1、公文 富士夫2、三上 岳彦3長谷川 直子4 (1.長野県環境保全研究所、2.高知大学、3.東京都立大学、4.お茶の水女子大学)

キーワード:湖沼堆積物、湖底遺跡、古土壌、湖水位変動、諏訪湖

はじめに:湖底堆積物に挟まる古土壌や湖底遺跡は,湖水位の変動や断層活動による地盤沈下によって形成されることから,過去の環境変動の指標として用いられている.中部山岳地域に位置する諏訪湖では,湖底堆積物中に複数の古土壌が認められ,更新世後期から完新世にかけて湖水位が繰り返し上昇・下降したことが報告されている [1].一方,諏訪湖には旧石器時代から縄文時代にかけての遺物が産出する湖底遺跡(曽根遺跡)が存在する.この遺跡は過去の水位低下の痕跡とされている [2].しかし,それを裏付ける地層記録に基づく証拠は提示されていない.本研究では,曽根遺跡が湖底に没した要因と形成年代の再評価および古環境変動の解明を目的として,同遺跡周辺で採取した堆積物コアを対象に,放射性炭素年代測定と詳細な堆積物記載を行った.

手法:曽根遺跡は,諏訪湖東岸の千本木川河口付近から約300~500 m湖心方向に離れた,水深1.5~2.0 mの地点に位置する [3].本研究では,東岸から約320 m離れた,水深約2 mの同遺跡内において堆積物コアを採取した.掘削にはマッケラス・ピストンコアラーを使用し,全長260 cmの堆積物コアを得た.採取後,コアは半裁され,断面の土色,岩相,堆積構造,植物化石の産出状態を記載した.また,10層準から植物片を採取し,AMS放射性炭素年代測定を実施,その結果に基づいて堆積速度曲線を作成した.さらに,コアから約15 cm間隔で堆積物試料を採取し,高知コア国際研究所設置のXRFを用いて主要元素組成を分析した.

結果:コアの年代は,最深部(深度260 cm)で約4.2 cal kyr BPである.全体の堆積速度は平均約52.6 cm/kyrであるが,深度250~240 cmにおいては約2.4 cm/kyrと著しく低い.コアは主に塊状有機質泥層からなり,深度166~156 cmに級化砂層を,深度118~101 cmには根化石に富み上方粗粒化傾向を示す斜交葉理砂層を挟む.また,深度260~250 cmの泥層にも細根化石が密集する.SiO2濃度はほとんどの層準で60 wt.%を超え,諏訪湖に流入する上川および宮川の浮遊泥の値(54~57 wt.%)[4]よりも高い幅で変動する.このことから,コアのSiO2濃度は湖内の珪藻の量によって決定されていると考えられる.SiO2濃度は深度240 cmから深度118 cmにかけて緩やかに低下するが,その範囲内において,細根化石が密集する深度260~250 cmと深度118~101 cmでパルス的な低下が認められる.深度101 cm以浅の泥層では,SiO2濃度は60.74~64.67 wt.%で安定しており,大きな変化は見られない.

考察:有機質泥層は湖水中に堆積した泥であり,級化砂層は洪水などによる密度流によって形成されたと解釈できる.深度118~101 cmの根化石の密集層は,上方粗粒化傾向を示す斜交葉理砂層からなり,陸上への露出が河口砂州の発達と関連して生じたと考えられる.一方,深度260~250 cmの泥層では,細根化石の密集と,SiO2の急減が示され,これにより珪藻の堆積が停止したことからコア採取地点が地上へ露出した可能性が示唆される.この層準では,砂層の挟みや粒度の変化は認められないため,露出は河口砂州での堆積作用や地形の変化ではなく,湖水位の急激な低下によるものと考えられる.以上の結果から,曽根遺跡周辺の湖底は,縄文時代前期以降,少なくとも2回(約4.2~4.0 cal kyr BPおよび約1.8 cal kyr BP),陸上に露出したと考えられ,特に約4.2~4.0 cal kyr BPにおいては顕著な湖水位低下が示唆された.今後は,同コアと遺物産出層準との対比を進める予定である.

文献:[1] Hatano et al., 2024, Geomorphology 455, 109194. [2] 藤森, 1965, 地学雑誌 74, 76–94. [3] 三上, 2016, 諏訪湖底の狩人たち, 新泉社, 96p. [4] 葉田野, 2022, 長野県環境保全研究所研究報告 18, 61–71.