日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT16] 環境トレーサビリティ手法の開発と適用

2025年5月28日(水) 09:00 〜 10:30 展示場特設会場 (2) (幕張メッセ国際展示場 7・8ホール)

コンビーナ:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、SHIN Ki-Cheol(総合地球環境学研究所)、竹内 望(千葉大学)、座長:竹内 望(千葉大学)

09:30 〜 09:45

[HTT16-03] 水田農業が流域水循環に及ぼす影響とその定量評価ツールとしての水同位体比の無類性

*中桐 貴生1、舩石 優里1、前川 洋貴1,2、堀野 治彦1、櫻井 伸治1 (1.大阪公立大学大学院農学研究科、2.(株)三祐コンサルタンツ)

キーワード:水田農業、流域水循環、水の安定同位体比、Gonfiantini式、水文モデル、定量評価

水田が広く分布する多くの地域では,多量の農業用水が必要となる。たとえば,日本全体での年間に使用される水の総量は取水量ベースで約797億m3であり,このうち,農業用水が占める割合は67%とされており,生活用水(17%)や工業用水(16%)と比べ圧倒的に多い。(内閣官房,2024)また,ほとんどの水田地域では,河川が農業用水の主水源とされており,灌漑期において河川流量に対し高い割合の取水がなされるところも少なくない。その一例として,近畿地方にある紀の川では,下流にある紀伊平野の農地に安定的な農業用水供給を図るために,中流部に設けられた基準地点(隅田地点)における流量が基準値を下回らないように流量管理がなされており,その基準流量は13m3/sと定められている。一方,下流に設けられた4つの頭首工における水利権水量の合計は33m3/sであり,この値は隅田地点における基準流量の2.5倍以上と大きく,隅田地点より下流における支流からの流入を考慮しても,河川流量よりはるかに大きな量の水が取水可能となっている。これは,水田に投入された水の多くが河川へと再び還元し,水が反復的に利用される構造となっているためである。
また,水稲栽培期間における水田は,ある程度の深さの水を貯留できる構造となっている。このため,大雨が生じた際にはその一部を一時的に圃場内に貯留されることで,河川への流出の分散化が図られ,河川のピーク流量の逓減に寄与しうることも明らかとなっている。
したがって,水田が広く分布する流域では,水田の存在は流域水循環において無視できない影響を及ぼしているといえる。水田農業と流域水循環との関係性については,既に広く認知されているものの,その実態についてまだ定量的には明らかとされていない。その最も大きな理由に1つは,様々な流出成分から構成される河川水において水田からの流出成分を妥当な精度で識別評価できる方法がまだ確立されていないためである。このような評価を流域規模で行うためには,水文モデルを利用したアプローチが有効であるといえる。しかし,モデル構造的には流域の水循環構造を適切に表現できたとしても,上記の理由のより,有効なデータを得ることができず,実態を適切に反映したモデルパラメータを求めることが困難とされてきた。
こうした中,水の酸素・水素安定同位体比(以下,水の安定同位体比)がこの問題を克服できる有効な指標となり得るものとして期待できる。水の安定同位体比は,蒸発を受けることに動的分別作用の影響を明確に反映し,また,分別作用を受けない限り保存性が極めて高く,土壌中ではほとんど変化しないという特性をもっている。この特性によって,蒸発作用が卓越する田面水が,その他の地表水と明確に区別し得ることが確認されてきた。この特性を水文モデルに考慮できれば,これまでにはない精度で,水田農業が流域水循環に与える影響について評価できると期待できる。
ただし,水田には,同位体特性の異なる降水や灌漑水の流入が不規則かつ非定常的に生じ,さらに田面水における同位体比は貯留されている間に蒸発による動的分別作用を受けて,かなり大きな範囲で変動する。したがって,水の安定同位体比を考慮した水文モデルを開発するためには,まず田面内における水の同位体比の動態を適切に表現できることが求められ,モデル内においてもこの動態を反映できるようにしておく必要がある。
 本研究では,水管理操作を考慮した水田水収支モデルに水の同位体比変動を表現するGonfiantini式を適用しながら,水田内における同位体比を追跡計算できるモデルを開発した。兵庫県千種川流域における実際の水田で採取された田面水における同位体比データを用いてモデルパラメータの同定を行った結果,δ2H及びδ18Oについて相対誤差11~17%という再現精度が得られた。今回開発したモデルは,物質収支に基づくモデルであるが,数100km2規模の流域を対象とするラスター型モデルに適用する場合,計算容量が膨大となるという問題があるため,これをどのように解決するかが今後の課題となっている。