日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT16] 環境トレーサビリティ手法の開発と適用

2025年5月28日(水) 10:45 〜 12:15 展示場特設会場 (2) (幕張メッセ国際展示場 7・8ホール)

コンビーナ:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、SHIN Ki-Cheol(総合地球環境学研究所)、竹内 望(千葉大学)、座長:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)

11:15 〜 11:30

[HTT16-09] 中部山岳地域における酸性雲の形成過程での硫黄同位体比の変化

*香川 雅子1勝田 長貴1永尾 一平2、由水 千景3、藪崎 志穂3、申 基澈3陀安 一郎3 (1.岐阜大学教育学部、2.名古屋大学大学院環境学研究科、3.総合地球環境学研究所)

キーワード:雲水、硫酸エアロゾル、二酸化硫黄、硫黄同位体比、分別係数

1.はじめに
 硫黄化合物は、雲や降水の酸性化、エアロゾル増加による太陽光の反射率の増加(冷却効果)、雲粒数濃度の増加による降水減少に関わり、環境問題や気候変動において重要である。硫酸エアロゾルは雲の凝結核として機能し、液滴に溶解する際、硫酸イオン(SO42-)になる。また、二酸化硫黄(SO2 )は液滴に溶解後、酸化剤によってSO42- に酸化される際に水素イオン(H+)を放出し、雲を酸性化する。したがって、雲内酸化によるSO42- 生成を定量化することは、雲の物理化学的特性を定量的に理解する上で重要である。Harris et al.(2012)は室内実験で、H2O2 (αH2O2)またはO3 (αO3)によるSO2の液相酸化中に測定された34S/32Sの分別係数はαaq = (1.0167±0.0019)−((8.7±3.5)×10−5)T(℃)であり、鉄(Fe)が触媒となる液相酸化の同位体分別係数(αFe)は、19℃でαFe = (0.9894±0.0043)であると報告した。今回の発表では、2022年~2024年の夏季に、乗鞍岳で採取・分析した (1) 雲水,エアロゾル,SO2ガス中のSO42- 濃度及びδ34Sの特徴、(2)雲内酸化で生成されたSO42-割合の同位体分別係数を用いた見積もり方法の試みとセレン(Se)を用いた見積もり方法による結果の比較について報告する。

2.観測・分析方法
 観測は,東京大学宇宙線研究所乗鞍観測所(標高2770 m,北緯36°06´,東経137°33´)で、 2021年~2024年の夏季に行った。雲水は雲水採集器(FWG-400F, 臼井工業研究所)で採取し、0.2 μm PTFEフィルターを用いて現地でろ過した。イオン分析用エアロゾルは0.2 μm PTFEフィルター、SO2ガスはアルカリ含侵ろ紙にて採取した。硫黄同位体用のエアロゾル、SO2ガスの採取は、ハイボリウムエアサンプラー(HV-RW型, 柴田科学)を用い、100~400 L min-1の流量で吸引した。エアロゾル用は石英フィルター(QR-100, ADVANTEC®)上に、SO2用は Mukai et al.(2001)で用いられているアルカリ含浸ろ紙法で採取した。SO2濃度は,岐阜大学教育学部地学科既設のイオンクロマトグラフ(ICS-1100, Thermo Fisher Scientific)、エアロゾル・雲水濃度は総合地球環境学研究所(地球研)既設のイオンクロマトグラフ(ICS-6000, Thermo Fisher Scientific)で定量を行った。Seは地球研既設のICP-MS(Agilent Technologies 8900)、SO42-中のδ34SはEA IsoLink CN IRMS System(Flash IRMS Elemental Analyzer+Delta V plus +Conflo IV, Thermo Fisher Scientific)で分析した。雲水中のFe、Mnの分析は岐阜大学生命科学総合研究支援センター既設のICP-AESで行った。

3.結果
 2022年から2024年までの試料中のδ34Sの値は,雲水は3.9~8.4 ‰ (n=35)、エアロゾルは1.6~5.3 ‰ (n=13)、SO2ガスは -2.6~3.5 ‰ (n=7)であった。同じ採取期間ごとでδ34Sを比較すると、いずれもエアロゾル、SO2ガスよりも雲水が高い値を示した。Harris et al.(2012)の室内実験の結果からも推察されるように、SO2が雲内酸化する際に、同位体分別が起こりδ34Sが増加したのではないかと考えられた。2024年8月の例では、観測結果から硫黄同位体分別係数αobsは1.0050と見積もられた。SO2ガスの酸化剤としてH2O2、O3、遷移金属元素触媒によるO2があるが、乗鞍岳では雲水がほとんどpH 5.5以下であることや、Fe、Mnの濃度は極めて低いことから(<0.01 mg L-1)、主な酸化剤はH2O2と考えられる。H2O2のみ酸化剤として働いたと仮定した場合の同位体分別係数αH2O2は室内実験の結果から、1.0167程度と考えられるが、観測結果はこれより低い値となった。αobsαH2O2より低い原因として、凝結核である硫酸エアロゾルのδ34Sの寄与分があるためではないかと推察された。

4.参考文献
Harris et al. (2012) Atmos. Chem. Phys., 12, 407–423.
Mukai et al. (2001) Environ. Sci. Technol., 35, 1064–1071.