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[HTT16-12] スルメイカ平衡石におけるδ18O・微量元素の複合解析による回遊海域識別指標の構築
キーワード:生物源炭酸塩、酸素同位体、微量元素、回遊海域識別指標、スルメイカ
近年の地球温暖化による海水温上昇は、海洋生物の生残や回遊海域に複合的な影響を及ぼすと予想されているが、各生物種の回遊生態自体が未解明な点が多く、環境変動に対する生物応答予測の理解は進んでいない。水温変化に特に敏感な回遊生物であるスルメイカも例に漏れず、我が国の主要水産資源の1つとして資源構造把握のために現場観測・漁獲調査が行われているものの、実際の回遊様式の詳細はよくわかっていない。
回遊生態を解明する手法として、生物源炭酸塩の同位体組成・化学組成分析が近年注目され始めている(e.g., Muto et al., 2022)。魚類・頭足類では、個体成長とともに炭酸カルシウムが付加成長してできる耳石・平衡石が研究対象となる。耳石・平衡石のδ18O値は温度依存性を示し、経験水温を反映するため、海洋の南北方向の回遊域を推定することが可能である(e.g., Sakamoto et al., 2024)。しかし、等水温帯は海洋の東西方向に広域に分布することから、経度方向の回遊海域についての推定は難しいという課題が残されている。一方で、微量元素の中には海洋の東西方向に濃度勾配を生じるものもあり(e.g., Sugiyama et al., 1984)、日本海と太平洋といった生息海域を識別する指標になり得る。そのため、δ18O値の変化と微量元素濃度変化を同等の高空間分解能で複合解析することで、高解像度のスルメイカの回遊履歴の復元が可能となると期待される。
そこで本研究では、確実に日本海及び太平洋で生育し、各海域の情報を保持すると期待される幼イカを研究対象に、日本近海の6か所(太平洋:小田原・南房総・室戸および日本海:奥尻・富山・石川)で漁獲された幼イカ個体から左右一対の平衡石を抽出し、京都大学設置の安定同位体質量分析計(MICAL3c + IsoPrime)による高感度δ18O分析とLA-ICP質量分析計(Raijin α + Agilent 8900)を用いた微量元素濃度分析を平衡石の核から縁辺にかけて行い、回遊海域を識別する指標の構築を目指した。
太平洋側の小田原・南房総サンプルは、核から縁辺にかけてδ18O値の変動が少ないフラットな傾向を示した(SD~0.3‰)。一方で、同じく太平洋側の室戸サンプルは主に核周辺で約–1‰からおよそ+1‰までδ18O値は大きく上昇し、縁辺にかけておよそ0‰まで減少する傾向を示した。日本海側では、太平洋側と同様に、石川サンプルはフラットな傾向(SD~0.5‰)、奥尻サンプルは核周辺から縁辺にかけて約–1‰からおよそ+1.5‰まで上昇後、0‰まで減少する傾向を示した。さらに日本海側では、富山サンプルが約–1.5‰からおよそ+1‰までの単調増加を示した。このようにスルメイカ平衡石のδ18O値は海域によらず複数の変動パターンを示し、これは回遊様式の異なる群が太平洋・日本海どちらにも存在することを意味する。
微量元素では、MgやMnなどの元素が海域の違いによらず、核から縁辺にかけて同一の減少傾向を示した。これらの元素は、成長過程での生理学的状態の変化を反映することが示唆される。一方で、SrとBa濃度は海域による特定のパターンを示さなかったものの、漁獲地点付近の海洋濃度を反映すると考えられる平衡石の縁辺付近に注目すると、日本海側個体のBa濃度が太平洋側のものよりも高いことがわかった。これは先行研究で示されたBaの海洋濃度の違い(e.g., Sugiyama et al., 1984)とも整合性がある。ただし、平衡石中のBaの取り込みには温度依存性や生理学的効果もあることから、その影響をキャンセルするため、温度指標であるδ18O値との比較と生物鉱化時の化学的挙動が似ているSr(海洋濃度は一定)との微量元素比Ba/Srとして複合解析を行ったところ、日本海と太平洋の東西方向の違いが見いだされた。さらに、各個体のBa/Srおよびδ18Oを用いた線形および二次判別分析の結果、どちらの場合でも、判別的中率は8割を越え、概ね日本海側と太平洋側を判別することができた。このようにδ18O(南北方向の回遊海域推定)と微量元素(東西方向の回遊海域推定)の複合解析により、スルメイカ回遊海域識別指標の高度化に成功し、今後様々な漁獲地点の大型個体に適用することで、回遊識別指標がより堅牢になると期待される。さらには、魚類・頭足類を問わず、他魚種への応用も大いに期待できる。
回遊生態を解明する手法として、生物源炭酸塩の同位体組成・化学組成分析が近年注目され始めている(e.g., Muto et al., 2022)。魚類・頭足類では、個体成長とともに炭酸カルシウムが付加成長してできる耳石・平衡石が研究対象となる。耳石・平衡石のδ18O値は温度依存性を示し、経験水温を反映するため、海洋の南北方向の回遊域を推定することが可能である(e.g., Sakamoto et al., 2024)。しかし、等水温帯は海洋の東西方向に広域に分布することから、経度方向の回遊海域についての推定は難しいという課題が残されている。一方で、微量元素の中には海洋の東西方向に濃度勾配を生じるものもあり(e.g., Sugiyama et al., 1984)、日本海と太平洋といった生息海域を識別する指標になり得る。そのため、δ18O値の変化と微量元素濃度変化を同等の高空間分解能で複合解析することで、高解像度のスルメイカの回遊履歴の復元が可能となると期待される。
そこで本研究では、確実に日本海及び太平洋で生育し、各海域の情報を保持すると期待される幼イカを研究対象に、日本近海の6か所(太平洋:小田原・南房総・室戸および日本海:奥尻・富山・石川)で漁獲された幼イカ個体から左右一対の平衡石を抽出し、京都大学設置の安定同位体質量分析計(MICAL3c + IsoPrime)による高感度δ18O分析とLA-ICP質量分析計(Raijin α + Agilent 8900)を用いた微量元素濃度分析を平衡石の核から縁辺にかけて行い、回遊海域を識別する指標の構築を目指した。
太平洋側の小田原・南房総サンプルは、核から縁辺にかけてδ18O値の変動が少ないフラットな傾向を示した(SD~0.3‰)。一方で、同じく太平洋側の室戸サンプルは主に核周辺で約–1‰からおよそ+1‰までδ18O値は大きく上昇し、縁辺にかけておよそ0‰まで減少する傾向を示した。日本海側では、太平洋側と同様に、石川サンプルはフラットな傾向(SD~0.5‰)、奥尻サンプルは核周辺から縁辺にかけて約–1‰からおよそ+1.5‰まで上昇後、0‰まで減少する傾向を示した。さらに日本海側では、富山サンプルが約–1.5‰からおよそ+1‰までの単調増加を示した。このようにスルメイカ平衡石のδ18O値は海域によらず複数の変動パターンを示し、これは回遊様式の異なる群が太平洋・日本海どちらにも存在することを意味する。
微量元素では、MgやMnなどの元素が海域の違いによらず、核から縁辺にかけて同一の減少傾向を示した。これらの元素は、成長過程での生理学的状態の変化を反映することが示唆される。一方で、SrとBa濃度は海域による特定のパターンを示さなかったものの、漁獲地点付近の海洋濃度を反映すると考えられる平衡石の縁辺付近に注目すると、日本海側個体のBa濃度が太平洋側のものよりも高いことがわかった。これは先行研究で示されたBaの海洋濃度の違い(e.g., Sugiyama et al., 1984)とも整合性がある。ただし、平衡石中のBaの取り込みには温度依存性や生理学的効果もあることから、その影響をキャンセルするため、温度指標であるδ18O値との比較と生物鉱化時の化学的挙動が似ているSr(海洋濃度は一定)との微量元素比Ba/Srとして複合解析を行ったところ、日本海と太平洋の東西方向の違いが見いだされた。さらに、各個体のBa/Srおよびδ18Oを用いた線形および二次判別分析の結果、どちらの場合でも、判別的中率は8割を越え、概ね日本海側と太平洋側を判別することができた。このようにδ18O(南北方向の回遊海域推定)と微量元素(東西方向の回遊海域推定)の複合解析により、スルメイカ回遊海域識別指標の高度化に成功し、今後様々な漁獲地点の大型個体に適用することで、回遊識別指標がより堅牢になると期待される。さらには、魚類・頭足類を問わず、他魚種への応用も大いに期待できる。