日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS10] ジオパーク

2025年5月26日(月) 10:45 〜 12:15 国際会議室 (IC) (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:尾方 隆幸(琉球大学大学院理工学研究科)、青木 賢人(金沢大学地域創造学類)、大野 希一(一般社団法人 鳥海山・飛島ジオパーク推進協議会)、道家 涼介(弘前大学大学院理工学研究科)、座長:道家 涼介(弘前大学大学院理工学研究科)

11:00 〜 11:15

[MIS10-08] 山陰海岸ジオパークのわら蛇神事と伝承が意味すること

*先山 徹1 (1.NPO法人地球年代学ネットワーク 地球史研究所)

キーワード:わら蛇神事、伝承、地質災害、ジオパーク、無形民俗文化財

近畿~中国地方には藁で編んだ大蛇(ここでは藁蛇と呼ぶ)を使用した神事が多く存在する(図1).その基本形は藁蛇を曳いて集落を練り歩き,最後に神社の鳥居や御神木などに巻き付けて奉納するものである.その中で特筆すべきものとして鳥取県から兵庫県北部で行われる綱引き神事がある.そのうち山陰海岸ジオパーク内の「和田の菖蒲綱引き」と「八朔のえんたびき」では大蛇や竜に関する伝承が存在する.本発表ではそれらの神事を生み出した伝承と地質的背景をまとめるとともに,他地域の藁蛇神事も含めて災害とのかかわりを検討する.

1.和田の菖蒲綱引き
行事の概要:兵庫県香美町で毎年6月に開催される行事で,町の無形民俗文化財に指定されている.長さ30m前後の大蛇に似せた大綱を作り,神社に奉納したのちに村人総出で綱引きを行う.
伝承:この地域の大きな池に竜が住み,人々を襲い村人を悩ませていたところ,通りかかった旅の僧侶が退治した.しかしその後たびたび災難が起こるようになったために,竜の祟りと考えて碑を建て,毎年大蛇になぞらえた縄を編んで祀ったとされている
 綱引きが行われる和田地区は香美町の中央部を流れる矢田川沿いにある.この地域は新第三紀中新世・鮮新世および第四紀更新世の砕屑岩や火山砕屑岩からなり,有数の地すべり地域である.現在の和田地区に池は存在しないが,上流約4.5㎞の地点には柤(けび)大池が存在する.これは地すべり地塊の最上部と滑落崖の境界にできた池で,そこから和田集落までは多くの地すべり地形が連続して分布する.池に棲む龍が人々を襲う伝承は,この地域に押し寄せる地すべりを連想させる.

2.八朔のえんたびき
行事の概要:
 八朔(はっさく)のえんたびき は2017年9月に兵庫県豊岡市で20年ぶりに開催された.そこでは住民総出で蛇に似せた藁の綱を持って練り歩いた後,綱がちぎれるまで引きあう.今後も不定期に開催される.
伝承:
 豊岡盆地の河口付近に大きな岩があり流れを妨げていため,盆地は泥の海になっていた.そこで神々がその岩を壊して水を流したところ,大蛇が現れ流れを妨げたために,盆地は再び泥の海となった.最終的に神々が力を合わせて大蛇を引きちぎることによって水が流れ,盆地は現在の田園地帯となった.綱引きの行事はその伝承に基づいたものである.
 豊岡盆地周辺の山地は新第三紀の火砕岩類と古第三紀花崗岩を主とし,それらは浸食されやすく広い谷底平野をつくる.一方下流側には硬い玄武岩が存在するために谷が狭くなり,ボトルネックとなっている.そのため盆地内には厚い土砂が堆積して湿地が形成され,豊岡盆地ではたびたび水害が起きていた.
泥の海を開墾する神話はこの地域の成立ちの歴史と呼応するものである.

3.藁蛇神事と災害
 上述のように,山陰海岸ジオパークに見られる綱引き行事は地滑りや水害と関係する.このような藁蛇神事はほかの地域でも様々な形で行われている.良く知られている藁蛇神事として,出雲地域の荒神祭,奈良盆地の野神祭,琵琶湖南部地域の道切り,南関東の辻切りなどがある.これらの神事の分布とハザードマップを重ね合わせた結果,藁蛇神事の多くは洪水による浸水想定区域周辺や土石流危険区域で行われていることが明らかになった. 以上のことから,藁蛇神事の多くには災害から地域を守る意味が含まれていると考えられる.
また中国地方では藁蛇を使用した神楽も多く見られる.このような神楽も,藁蛇神事の延長で行われるようになった可能性がある.

 多くの藁蛇を使った祭りと伝説の中で、大蛇は災害をもたらすものとして恐れられる一方、災害から守ってくれる神の使いとしても描かれてきた。また藁蛇の行事の信仰対象は大元神・野神・荒神など、いずれも大地と密接にかかわっている。そのような祭りを通じて、人々は災害への恐れと大地の恵みへの感謝を表してきたのであろう。祭りを楽しみながら大地の動きや過去の人々の自然観にふれる活動は、防災教育にとどまらず、「地球遺産をたたえ、持続可能な地域社会をつくる」ジオパーク活動の原点ともつながるものである。