日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS10] ジオパーク

2025年5月26日(月) 10:45 〜 12:15 国際会議室 (IC) (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:尾方 隆幸(琉球大学大学院理工学研究科)、青木 賢人(金沢大学地域創造学類)、大野 希一(一般社団法人 鳥海山・飛島ジオパーク推進協議会)、道家 涼介(弘前大学大学院理工学研究科)、座長:道家 涼介(弘前大学大学院理工学研究科)

11:15 〜 11:30

[MIS10-09] 能登半島ジオパーク構想(私案)

*青木 賢人1 (1.金沢大学地域創造学類)

キーワード:能登半島、ジオパーク、能登半島地震、能登の里山里海

2024年1月1日に,石川県の能登半島を震源とするM7.6,最大震度7の「令和6年能登半島地震」が発生した.さらに同年9月21日には地震の被害が大きかった輪島市・珠洲市を中心に線状降水帯による集中豪雨が発生し大きな被害をもたらした「奥能登豪雨災害」も発生した.石川県は,これらの災害からの復興プランの一つとして,能登半島地震によって生じた隆起海岸や震災遺構などを要素として,能登半島をジオパークにする構想を2024年3月には提示している.その後,いくつかの具体的な動きはみられてはいるものの,「どのようなジオパークにするのか」というコンセプトの検討が行われていない.そこで,本発表では「能登半島ジオパーク(仮称)」のコンセプトやジオサイトの私案を提案する.

現在,石川県が念頭に置いている能登半島のジオパーク化は,震災継承と震災によって生じた景観を地域資源として活用した観光開発である.これは,県のジオパーク構想が「震災復興の手段」として構想されたものに起因する.自然災害を主要なテーマの一つとするジオパークは国内にも数多く存在するが,災害からの復興が主眼となっているジオパークは栗駒山麓ジオパーク(2008年の岩手宮城内陸地震を契機に,2015年に日本ジオパーク認定)と,三陸ジオパーク(2011年東北地方太平洋沖地震を契機に,2013年に日本ジオパーク認定)が代表と言えよう.しかし,いずれのジオパークにおいても,災害と復興だけをテーマにしているのではなく,災害を軸として自然環境と地域の関わりを伝えるジオパークを構築しようとしてる.

能登半島は,2011年に国連食糧農業機関(FAO)によって世界農業遺産(GIAHS)の認定を受けており,この制度の下で地域は10年以上の活動実績を積んできている.ジオパークのコンセプトを決めるにあたっても,GIAHSのコンセプトである「能登の里山里海」を踏まえたものとなることが望ましいと考える.ジオパークを運営する国際的な枠組みは国際連合教育科学文化機関(UNESCO)が構築しており,同じUNESCOが運営する世界遺産,生物圏保護区域(日本では通称「ユネスコエコパーク」)との整合性や相補性などが強く問われるが,それ以外の制度との関係性は強く問われるわけではない.しかし,「能登の里山里海」は日本で広く知られているだけでなく,能登の住民たち自身の「地域アイデンティティ」としても既に定着していると言えよう.すなわち,能登半島をジオパーク化するにあたって求められるものはコンセプトは「能登の里山里海を支える大地」であることが望ましい.

例えば,能登の里山里海の象徴ともなっている輪島市の「白米千枚田」は,地すべり地の基盤に成立している.ここに限らず,里山里海の小規模集落の農地となっている地すべり地は数多い.能登半島地震・奥能登豪雨でも数多くの地すべりが再活動し,家屋被害を生じさせたり,道路を寸断させ孤立集落を生じさせた.地震や豪雨で表出した自然環境の活動が,能登の里山里海を支えていることがわかりやすいサイトともいえよう.外浦側(半島の日本海側)では顕著な海岸隆起が生じ,海岸段丘が生じた.能登の伝統的な産業である揚浜塩田による製塩は,海岸に近接していながらも波浪の影響を受けにくい最低位段丘で行われている.また,継続的な隆起で生じた中位段丘・高位段丘は複数の間氷期を経ていることから表層土壌が古赤色土となっており,それを利用した農業で生産された野菜は特産品として扱われている.さらに長期的で継続的な隆起によって陸域で採掘可能となっている珪藻土は,輪島塗の製造に欠かすことができない.

これ以外にも,能登半島には今回の震災・豪雨災害によって表出した自然の活動が,里山里海の生活の基盤となっていることを理解できるサイトが数多く存在する.今回の発表では,こうした「能登の里山里海を支える大地」を理解できるサイトを具体的に示しながら,ジオパーク構想の私案を示したい.