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[MIS14-10] ハインリッヒ・イベントに応答した南半球偏西風帯変動

キーワード:大西洋子午面循環、千年スケール、パタゴニア氷床、南半球
最終氷期には,北米大陸から北大西洋へと氷山が流出したイベント(いわゆるハインリッヒイベント; Heinrich Events)が度々発生し,北大西洋への淡水供給を通じ,大西洋子午面循環の顕著な弱化を引き起こしていたことが知られている。数値実験からは,大西洋子午面循環の弱化と共に大気の子午面循環の大規模な再編が起こり,その結果,熱帯収束帯(ITCZ)の南偏や,南半球偏西風帯の南極方向への移動を引き起こした可能性が示されている。また,こうした偏西風帯の南偏を介してエクマン湧昇の増大が起こり,南大洋内部から大気へのCO2放出が促進された可能性が指摘されている。しかしながら,南半球偏西風帯の南下については,数値実験からは予測されているものの,データによる実証が遅れている。そこで本研究では,パタゴニア氷原を有するチリ南部の沖合で採取された堆積物コア試料(MR16-09 PC3; 南緯46.4度,西経77.3度,水深 3082 m)を用いて,中に含まれる砕屑物を対象とした様々な分析を行い,最終氷期における南半球偏西風帯の南偏の可能性を検証した。現代の衛星観測データに基づくと,南半球偏西風の強度変動はパタゴニア西部の降水量変動と相関があり,また,アンデス山脈南部への多量の降水は山岳氷河群を支持している。さらに氷原に接続するフィヨルドやチャネルから,多量の懸濁物質が本研究地点を含む東部南太平洋へ流出している。本研究では陸源砕屑物の供給変動を通して氷河収支や降水量,それに影響を与える南半球偏西風変動を復元することを目指した。MR16-09 PC3はHagemann et al. (2024, PNAS) により既に詳細な年代モデルが確立されている。本研究では,まず蛍光X線コアロガーを用いて測定した5 mm解像度の元素組成および透過X線像に基づき砕屑物画分の含有量変動を調査し,砕屑物画分のX線回折およびレーザー回折散乱式粒度分布測定に基づき,それぞれ砕屑粒子の供給源地質や運搬過程を反映する鉱物組成と粒度分布を調査した。その結果,ハインリッヒイベントの後期にかけて,コア中の砕屑物含量が顕著に増加することが明らかとなった。また,X線回折および粒度分析の結果は,砕屑物含量の顕著な増加と同時にパタゴニア西部の沿岸地域から砕屑物が追加的に流出していたことを示唆した。このような急激な砕屑物供給の変動は,南緯30度以南のチリ沿岸では南緯46度付近でのみ確認された特徴であり,パタゴニア氷床中央部の西側において氷河の質量収支が顕著に増加したことに伴い氷河侵食域が沿岸地域のフィヨルドやチャネルに急速に拡大したことを示唆する。氷期において,南極の気温は千年スケールで増減を繰り返していることが知られるが,本研究で明らかになったパタゴニア西部の氷床拡大イベントの頻度やタイミングは,気温低下の他に降水増加がないと説明できない。そこで,大気海洋大循環モデルMIROC4m を用いて北大西洋表層への水撒き実験を実施し,チリ沿岸の降水量および西風強度の時系列変動を調査したところ,水撒き開始から数百年遅れて偏西風帯および降水帯が南下を始めることが明らかとなった。これは本コア試料中で見られた砕屑物供給の増加タイミングと整合的であり,南半球偏西風帯の南下に伴う降水量の増加がパタゴニア氷床中央部西側の質量収支の増加に寄与した可能性を示す。これらの発見は,北大西洋に端を発する急激な気候変動が海洋循環や大気循環の再編成を介して南半球の中・高緯度地域に伝播したことを示す重要な証拠となる。
