日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 M (領域外・複数領域) » M-IS ジョイント

[M-IS22] 生物地球化学

2025年5月27日(火) 13:45 〜 15:15 102 (幕張メッセ国際会議場)

コンビーナ:福島 慶太郎(福島大学)、木庭 啓介(京都大学生態学研究センター)、山下 洋平(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)、大河内 直彦(海洋研究開発機構)、座長:山下 洋平(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)、大河内 直彦(海洋研究開発機構)

14:15 〜 14:30

[MIS22-03] 湖深水層における微生物炭素ポンプ効率の制御要因:蛍光性溶存有機物による解析

*山口 保彦1、霜鳥 孝一2、早川 和秀1 (1.滋賀県琵琶湖環境科学研究センター、2.国立環境研究所琵琶湖分室)

キーワード:水圏環境、溶存有機物、分子サイズ、琵琶湖、微生物炭素ポンプ

1. 背景
 水圏環境中には、溶存有機物(DOM)として膨大な量の生元素が蓄積し、物質循環で重要な役割を果たしている。微生物が難分解性DOM(RDOM)を生産するプロセスは、有機炭素を水中に隔離するため、微生物炭素ポンプとして注目を集めている。蛍光性DOMは、測定が比較的簡便であるため、微生物由来DOMの環境中の動態を詳細に調べる強力な手法の一つとして、様々な環境で用いられてきた。海洋や湖の深水層の腐植物質様蛍光性DOM(FDOM-H)の蛍光強度は、水中の見かけの酸素消費量(AOU)と正の線形相関を示すことから、水中微生物が沈降粒子等の易分解性有機物を消費する際に、FDOM-Hを含むRDOMを副産物として放出すると考えられている(e.g., Hayase & Shinozuka, 1995, Mar. Chem.; Yamashita et al. 2008, Nature Geosci.)。琵琶湖等の深水湖でも、海洋と同様の関係性が観測されてきた(e.g., Thottathil et al., 2013, Limnol. Oceanogr.)。FDOM-HとAOUの相関の傾きは、微生物炭素ポンプの効率を反映していると解釈され、その制御要因の解明は、微生物炭素ポンプの環境変動への応答の理解に向けて重要となる。傾きの変動の要因としては、深水層水温や、基質有機物の質・量の違いが議論されているが、直接的な証拠は乏しい。また、大陸縁辺海域では、堆積物中で生産されたFDOM-Hが、水中のFDOM-HとAOUの関係性に影響する可能性も指摘されている。

2. 試料と手法
 本研究では、FDOM-HとAOUの関係性の制御要因の解明を目指して、琵琶湖湖水の有機物長期生分解実験とフィールド調査を組合せた研究を実施した。まず、基質有機物の質・量の影響を評価するために、琵琶湖の様々な地点・水深・季節における湖水DOM(合計14試料)について、一定温度(20 ℃暗所)で400日間以上の長期生分解実験を実施した。次に、水温の影響を評価するため、琵琶湖北湖沖合(17B地点:湖底水深約89 m)の湖水DOM(合計3試料)について、2~5段階(8~30℃の範囲)の水温別長期生分解実験を実施した。フィールド調査では、有機物生分解実験との比較と、堆積物の影響評価を目的として、17B地点において、2019~2024年の成層期(4月~12月)の湖水を水深別に月別採水した。
 DOM蛍光強度は、分光蛍光光度計で測定し、Peak Mに相当する波長エリアをFDOM-Hとして使用した。全有機炭素(TOC)濃度、溶存有機炭素(DOC)濃度、粒子状有機炭素(POC)濃度は、全有機炭素計で測定した。分子サイズ別DOC濃度は、サイズ排除クロマトグラフ-全有機炭素計で測定した。天然湖水中のAOUは、水温と溶存酸素濃度から計算した。有機物生分解実験でのAOU(酸素消費量)は、全有機炭素濃度の減少量から、呼吸商0.7を仮定して計算した。

3. 結果と考察
 14種類の琵琶湖湖水試料を用いた一定温度の有機物長期生分解実験では、FDOM-HとAOUの相関の傾きは、元試料により4倍程度の変動が見られた。傾きの値の変動と相関するパラメータを探索したところ、400日程度で分解された準易分解性低分子DOC濃度や、準易分解性POC濃度と有意な負の相関が見られた(=準易分解性有機物濃度が低い試料ほど、傾きの値が高かった)。元試料に含まれる有機物の分解性が低いほど、FDOM-Hがより効率的に放出されたと考えられる。水温別の有機物長期生分解実験では、傾きの値は、高水温条件ほど高い傾向にあった。これも、高水温条件では、相対的に難分解な有機物の分解が進行し、FDOM-Hがより多く放出されたと考えられる。
 フィールド調査では、水深別にFDOM-HとAOUの相関を解析した。酸素消費量の大半が堆積物由来である底層付近(水深85~88 m)では、両者は高い線形相関を示した。一方で、堆積物の寄与が小さい水温躍層付近(水深15~20 m程度)では相関が有意ではなく、水柱と堆積物が同程度重要な水深60 mでは中程度の線形相関が見られた。水深60 m における相関の傾きの値は、深水層現場水温(8~9℃)で実施した湖水生分解実験の値よりも低かった。これらの結果からは、琵琶湖深水層でのFDOM-H生産における堆積物の重要性が示唆される。
 琵琶湖では、温暖化に伴い、深水層水温の上昇、堆積物酸素消費速度の上昇、成層期表水層の貧栄養化等の環境変動が進行している。本研究の結果は、湖内物質循環や湖水DOM組成の将来変動を予測する上で重要な知見となると期待される。